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「ちょっと。ズルしちゃだめじゃない、いっちゃん」
徹は声をひそめながら、じとっと樹を睨む。
ヒナに向けた笑顔を崩さず、樹は低い声で「黙れ」と小さく恫喝する。
呆れ顔で溜息を吐いた徹は、夕暮れに佇むヒナを見た。
「あーあ。悪い人にでも誘拐されちゃって、行方不明にでもなってくれるんじゃないかって期待したのにぃ。おっかしいなー。ヒナちゃんってそこまでバカじゃなかったのー?」
邪気のない笑み顔で告げられた非道なセリフに、ヒナはヒクリと引き攣った。けれど、浮かんだ動揺をすぐに顔から消してしまうと、負けないというようにニコリと笑う。
「そんなことにはなりません。だって、樹くんを心配させたくないから、私はちゃんと戻ってきます。戻って来ました」
ヒナは真っ直ぐ、徹を見た。
「……ふーん」
怖じ気づきながらも気丈に答えたヒナに、徹は頤に手をやり、何かを考える素振りを見せる。
恐怖に竦む身体をぎくしゃくと樹に向けて、ヒナはホッと表情を緩めた。
「樹くん、本当に心配掛けてごめんなさい。待っててくれて、ありがとう」
「追っかけようかって何度も思ったけど、ヒナなら大丈夫だって信じてたから。それに、ちゃんと自分で判断して、ヒナは選択を間違わなかった。だからボクも、ヒナに言われた通りちゃんとここで待ってたんだよ」
「うん。信じて待っててくれたことが、すごく嬉しい」
何も出来ない子供ではないと、ひとりでちゃんと対応できるのだと、ヒナは認められたようで嬉しかった。
ふと、ヒナはあたりを見回した。
「あれ、ルカちゃんは?」
「……アイツは、後ろ。ヒナの後、ついて行ってた」
「え!?」
後ろを振り返ると、一台のタクシーがホテルの前にちょうど止まるところだった。
開いた扉から慌てて降りてきたのは――――ルカ。
「……ヒナッ!」
泣きそうな顔をして、ルカはバタバタとヒナのもとへ駆け寄ってくる。
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