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周りが騒がしい。
床を軋ませる複数の足音に、男達の話し声、衣擦れの音。
ヒナはゆっくりと目を開けた。
うち捨てられるようにして床に転がされたヒナは、横たわったまま辺りに視線を巡らせた。
ささくれだった古い木製の床は雑然と物が散乱し、同じ色をした薄い木製の壁に、天井から吊された薄暗い室内を照らす剥き出しの白熱球。納屋のような小さい空間。
カビたような、湿っぽく饐えた臭いが鼻をつく。
ガサガサと喉を刺激する埃っぽい空気に思わず噎せそうになる。
身体をよじらせて動かしてみるが、両手を後ろに縛られていて、うまく動けない。
部屋には誰もいなかった。
けれど、一枚扉の向こう側には、複数人の気配がする。
なぜ今、自分はこんなところで両手を縛られ転がされているのか。
それが分からなかった。徹にジュースを渡されて、直後から記憶がない。
嫌な予想しか頭に浮かんでこない。
ヒナは緩く頭を振った。
途端に、胸を灼くような嘔吐感に苛まれる。
脳天から直接手を突っ込まれて、ぐしゃぐしゃと掻き回されているような、そんな感覚。頭が痛くて声も出ない。
喉元に迫り上がってきた酸っぱさが気持ち悪い。
誤魔化すように、ヒナは何度か小さく息を吐いた。
落ち着け、落ち着け、自分にそう言い聞かせる。
外の人間に助けを呼ぼうとは思わなかった。
外に居る男達は、自分を攫っただろう人達。
恐らくは、徹に指示されて。
『―――消えて?』
徹はヒナにそう言った。
これは徹の仕業なのだろう。
徹に手渡されたあのジュースに、何か薬物が混入されていたに違いない。
飲んだ後すぐに意識がなくなり、そして目が覚めた今。
経験したことのない身体の不調に、動くことすらままならない状態で、今、この場所に縫い止められている。
そこまで自分という存在が邪魔だったのか。
そう思うと、心が暗く沈んでいくようだった。
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