狙われたヒナ

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 けれど、彼は最後に何を言った?  記憶を必死で手繰り寄せる。  ヒナはハッとした。  彼は最後に囁いた。  そして、ヒナのパンツのポケットに何かを入れた、ような気がする。  思い出した。  徹は、確かに言ったのだ。  消えゆく意識の中、 『逃げてみな』と。  ヒナは後ろ手に、ポケットを探ってみる。  冷たくて固い感触。金属製のそれを、ヒナは握りしめた。  この形、これはナイフだ。  ヒナは確信したと同時に、ホッとした。  ――――違う。徹さんは、違うんだ。  こんなことを企んだのは、彼ではない。関係者なのかも知れない。でも。 「!」  ヒナの意識が扉へと向く。  足音が近付き、扉のノブが回される。  心臓が掴まれたように、キュッと竦み上がった。  声を立てちゃいけない。  小刻みに震え出す身体が忌々しい。  扉が開く前に目を閉じる。意識して身体から力を抜く。  手にした物が見えないように、壁に背中を押しつけて隠してしまう。  ヒナは眠ったふりをした。
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