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深い闇に沈みこむ家々と、点々とした明かりが瞬く市街地の境目、そこで車は止まった。
目の前には、古びた煉瓦造りのアパートメント。
意識のないヒナを抱いたまま、樹はルカと共に、静寂と闇に閉ざされた建物の中へと入ってゆく。
足音だけが木霊する長い廊下を急くように歩き、ルカは鉄錆で色を変えた扉をノックした。
出てきた若い女性に案内され、隣の一室に通される。
そこは、外観とは裏腹な、設備の整った病院だった。
ルカ曰く、ここは金さえ積めば相手がどんなに後ろ暗くても、大概の患者は診て貰えるのだそうだ。
あらかた処置が終わり、点滴に繋がれたまま、ヒナは今眠っている。胸を刺した刀傷は、刃先が肋骨に当たったため、それ以上深く刺さらず致命傷には至らなかった。
樹はホッと胸をなで下ろす。
眠る彼女を目に焼き付けるような強さで、樹は見つめていた。
「で? 場末のゴロツキども雇ってヒナを襲った黒幕は、あのオカマ野郎か」
「正解でもあるし、不正解でもあるね」
気配無く背後に立つ男の問いに、樹は振り返ることなくヒナだけを捉え続ける。
「なんや。アイツはただの傀儡か」
「そう。人質取られて動かされてた、ただの駒」
「黒幕は誰や」
ふつふつとした怒りを隠そうともしないルカの声。
樹は唇に笑みを刻んだ。
「それを聞いてどうする。さっきの奴らみたいに、殺す?」
「アホか、殺してへんわ。全部急所外してある。いやらしいガキやな。全部見てたやろが。それに、あの連中呼んでたから少し遅れてもうたけど、先に出た俺と同時に着きやがって。ムカつくガキやで。ああそう言えば、お前が撃った男は死にかけやったけどなあ」
「殺すつもりだったからね」
――――例え死んでも、後から駆けつけてきたアンタの足達が、全部処理してくれるんだろ?
ひっそりと呟き、樹はくくっと喉を鳴らす。
入り口を背に佇むルカの楽しげな気配が背中越しに伝わってきた。
「アンタ何者?」
「ただの画家やで?」
昏い笑み声で答えるルカに、樹は薄く笑みながら口を噤んだ。
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