終章

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 その日の夕暮れ、いつも通りマンションを出たヒナは、ふと足元の花壇に視線を向けた。 「あっ、あじさい、もう咲いてるんだ」  昨日まで蕾だった紫陽花が、今は浅紫や淡い緋色の花弁を広げていた。  今朝のニュースでは、梅雨の影響で例年より早く開花していると伝えていた。  もうすぐ夏が来るんだと、茜色をした葉漏れ日の下、ヒナはその場に佇みながら思う。  セブ島へ行ってから、5回目の夏。  現在、ヒナは付属の大学院へと進み、美術を専攻している。  夏からのイギリス留学へ向けて、未だかつてないほどに勉強の鬼と化していた。  苦手な英語も、片言なら話せるくらいになった。  ほうっと溜息を吐いて、視線を紫陽花から青々とした若葉を付ける桜の木へと移した。  変わらない風景。  樹がヒナの前から姿を消して、5年近く経ってしまった。  連絡も一切出来ないと彼が宣言した通り、全くの音信不通状態が今も続いている。  梅雨だというのに雲一つない凍えるほどに澄んだ夕暮れ空から、重なり合う葉の陰影が落ちてきて、ヒナの身体にまばら模様を作っていた。  風とともに揺れ動く影をまぶたの裏で感じながら、色々な想いが胸を過ぎる。  約束の3年はとうに過ぎてしまった。  ネットで鷹城の会社情報を収集する回数も、以前と比べてかなり減ってしまった。  鷹城コンツェルンは社名を一度変更したが、また昔と同じ社名に戻った。  それは、鷹城総一郎が海外で立ち上げた新会社に、旧・鷹城が合併吸収されたためだった。  樹の思惑通り、上手く進んでいるのだと、ヒナは安堵した。  鷹城コンツェルンの企業サイトでも、樹の名前と姿を見ることが出来た。
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