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驚いている彼女をよそに、俺もヘルメットを被り、互いに声はあまり聞こえないので「乗れ!」とだけ合図して、彼女を初めて俺のバイクの後ろに乗せた。
腹にしがみつく小枝子の細い腕を確認すると、俺は湾岸目指して一気にアクセルをふかした。
吹きつける風圧が気持ちいい。
俺は振りかえって叫ぶ。
「どうだ!」
小枝子が耳元で叫んだ。
「最高ー!!」
ご機嫌な俺たちを乗せたバイクは更に加速した。
漆黒に灯りだした無数の大都会のネオンは俺と小枝子を呑み込んでいった。
※
ある日、ラブホテルを出た俺たちは、空腹を満たすために夜中の牛丼屋に入った。
並んでカウンターに腰をおろす。
「決まったか?」
「ううん、秀ちゃんと同じのでいい」
うつむき加減に小枝子が答える。
「そうか・・・」
カウンターの内側を回遊する店員に俺は声を掛けた。
「大盛りつゆダク味噌汁と並つゆダク味噌汁」
その注文を素早く書き留めた店員は奥へと消えていった。
「秀ちゃん、いま何を頼んだの?!」
小枝子が驚いた感じで小声で聞いてくる。
「何って牛丼じゃねぇかよ。俺は大盛りだけど、小枝子のは普通にしといたぞ」
「えっ、どうやって?!」
聞くと、小枝子は生まれて初めて牛丼屋に入ったらしい。
どうりで、さっきから落ち着かない様子なのかと俺は理解した。
俺は彼女に、牛丼屋の符牒(注文の略語)を教えてやった。
「ナットウ、牛シャケけんちん、ダクダク、アイガケ、・・・」
小枝子は驚きつつも、楽しそうにそれを聞いていた。
牛丼が運ばれてくると、こんどはその食べ方の説明だ。
紅ショウガはここ、七味はここで、俺は七味を牛丼と味噌汁に掛ける。箸はここで、・・・初めての小枝子は何でも楽しそうだ。
本来なら十分もいない牛丼屋に結構長居した。
店を出ると、空が明るみだしていた。
「急いで帰らなくっちゃ」
そんな小枝子の言葉を寂しい感じで受け止めたおれは、「そうだな」と言って、彼女を店の前に待たせ、バイクを取りに行った。
バイクに向かうと、その陰に三人のガキどもがたむろしていた。
俺は無視してエンジンをかけようとすると、その中のひとりが
「兄さん、金貸してくれねぇかな?デート代余ってるんだろ?」
と言ってきた。
気にせずにキーでロックを外し、手でバイクを移動させると、無視されたガキが後方で吠えてきた。
「無視してんじゃねぇーぞっ!!」
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