薬剤師物語

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ある日、薬局の待合の方から怒鳴り声が聞こえた。 「俺は患者だぞ、なんぼ待たせるんだ、早く薬を作れ!」 調剤室から覗いてみると、患者が同僚の新人女性薬剤師に向かって吠えていた。 どうやら、待ちくたびれて腹いせに怒鳴っているらしい。 あわてて出てきた管理薬剤師(薬局の最高責任者)の中年男がすぐにその患者に応対したが、低姿勢すぎる彼に調子づき、その男は更に大きな声で怒鳴り散らした。 その様子を見ていた俺はイラついたので待合へと出て、その男に応対した。 「うるっせーなっ!静かにしやがれ!お前だけじゃなくて、周りが皆患者なんだよ!」 俺に怒鳴られた男は面食らった様子で、急に静かになった。 言われてみれば確かにそうだろう、周り皆が患者なら怒鳴るのは控えて静かにするべきだ。 スイッチの入った俺は更にキレ気味に 「一体、何分お待ちなんですかぁあ?」 と聞いた。 「いやぁ・・・」 男は言葉に詰まった。 待ったと言っても十五分くらいの話だろう。ただ、病院で待たされた分のストレスがたまっていて怒鳴っただけだと予想はつく。 その時、カウンターから他の女性薬剤師の呼び声が聞こえた。 「山川さん、お待たせしましたー」 「あ、はっ、はい・・・」 呼ばれたのはその男だ。 タイミング良く薬が出来たらしい。 女性薬剤師は丁寧に薬の内容を説明すると、笑顔で薬を袋に詰めてその男に渡した。 それを受け取った彼は帰りがけに、その様子を見ていた俺に物凄く小さな声で「悪かったな」と、言ってきた。 俺も、彼に寄り沿う様に近づいて小声で 「気持ちは分かりますけどね」 と囁いた。 男は照れくさそうに自動ドアを抜けて、帰って行った。 薬局は再び平常業務を再開した。 しかし、その後、その時の俺の荒々しい応対が問題視され、「新人のくせに生意気だ」、「あんな応対は薬剤師にあるまじき行為だ」などと、さんざん非難され、反省文を書かないとクビだとまで言われた。 「上等じゃねぇか」 と言って、怯む管理薬剤師に背を向けて、俺はその薬局を去った。 その後も、何軒かの調剤薬局を渡り歩いた。 学生の頃からそうだったが、どうも、俺は「薬剤師」という人種とはウマが合わないらしい。 曇り空のデパートの屋上で煙草をふかしながら、 「やっぱり薬剤師になんかなるんじゃなかったな」 と、俺は呟いた。 哲也とバイクを乗り回していた頃が一番楽しかった・・・
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