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※
「斎藤さん、また洗面所で髭剃ってるんですけど・・・」
「もう、そんな時間?」
背が小さくて元気な感じの女性薬剤師の高橋岬の報告に、店長の色白で華奢な感じの女性管理薬剤師である榊原小枝子は、調剤室の時計を見上げながら呟いた。
もう夕方の五時。
薬局で唯一の男性薬剤師、斎藤茂のアフターシェイブの時間である。
彼は髭が濃いので、必ず夕方になると頃合いを見計らって洗面所で髭を剃る。
ジョリ、ジョリ。
T刃のカミソリと水だけで、青々と髭を剃っていく。
従業員用のトイレ横の洗面台でそれを行うので、皆、引いている。
仕方なく、小枝子が彼に声をかける。
「斎藤君、まだなの?他の人がトイレを使えなくて迷惑してるの」
「あぁ、すいません。もう少しですから・・」
そう言って、彼は顎に手をあてて、鏡で剃り上がりを満足げに確認している。
「もう・・・」
そう呟きながら、彼女は調剤室に戻っていった。
秋になりかけている夏の夕暮れ。
患者もいなく、薬局は珍しく落ち着いている。
先程の女性薬剤師、高橋が事務処理をしながら彼女に話しかけてきた。
「小枝子さん、あした新しい薬剤師の方が入ってくるんですってね」
「社長から聞いたの?私もまだ会っていないからどんな人か分からないんだけど・・」
「女性の方ですかね?」
「ううん、男の人みたいよ」
「えっ、男性?!幾つくらいの?」
「あなたと同じくらいだって言ってたから、まだ二十六、七、ってところじゃないかしら」
「えーっ!楽しみ!ステキな人だといいですね!」
「高橋さん彼氏いるじゃない」
「彼氏が必ずしもダンナさんになるとは限りませんよ!」
「まぁ?!」
「もし、いい男だったら、小枝子さんだって容赦しませんからね」
「こわーい」
高橋の小悪魔的なウインクに肩をすぼめてそう答えると、きょう、三十三才になった小枝子は奥で処方箋の整理をはじめた。
夕暮れの調剤室の窓はオレンジ色になっていた。
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