第1幕

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      A1  僕は神戸の繁華街をうろつく。目がレーダーと なって、女性を探してる。ハズレ、ハズレ、ハズ レ。  いない。いない。 「バー」  来るのが早かったか。センター街は十一時開店 の店が多かった。十時じゃ早すぎる。  港町で華やかな印象がある神戸といっても所詮、 地方都市。  ハズレ、ハズレ、ハズレ。  僕は元町の大丸の側を通り、メリケン波止場ま で歩く。  その昔、喜劇王のチャップリンがここから日本 に上陸した。実際、見たような錯覚が僕にはある。  おどけて、僕は数歩だけ歩いてみる。次にタッ プを踏んでみる。  ロックオン。 「いた」  子供がこっちを見てる。若い母親がベンチに座 っている。小さい子を二人も連れている。  それだけで超魅力的、超セクシー。裸なんて目 じゃない。  どんな化粧やどんなドレスで着飾ってるより、 ずっとずっと。  僕は歩ける方の子供に小さく手を振る。もう一 人は胸に抱かれてる。  お母さんに気付かれないよう、手を振る。子供 が気付き、戸惑う様子で、こっちをじっと見てる。  大きな賭けのつもりで、僕は手を振る。  泣くか、素知らぬ顔か、それとも、笑うか、お 母さんに助けを求めるか。  僕の心臓は白いハトになる。 「ポッポ、ポポー」  口パク。もう一度。  子供から笑顔がスローで生まれ始める。  お母さんが少し遅れて、こっちを見る。僕は素 知らぬ振り。  抱いた方の赤ん坊に、お母さんの視線が戻ると、 僕はまた子供に笑顔で手を振る。  少しおどけて、ステップを踏む。子供が喜んで る。  子供をナンパ。お母さんは二の次、三の次。と いうか、どうでもいい。  一応、お母さんの薬指に目を飛ばす。結婚指輪 をしてるかどうか。  していても恋人リングの時もあるし、していな くても既婚のケースも多い。  辺りに旦那らしきはいないか、見渡す。 「問題なし」  僕は子供を手なずけてから、若い母親に近付く わけじゃない。  母親なんて、どうでもいい。子供に近付くため、 母親に近付く。 「頭一つ抜けて、可愛いですね」 「あ、ありがとう」  軽い警戒心が出てる。  僕は幸運にも見た目はちゃんとしてる。話し方 や服装にも気を付けてる。とぼけオーラも幸いし てる。  昔と違って、知らない人と話をしてはいけない、 なんて躾けられてるから、世の中全体の性質が悪 い気がする。  危険を肌の方が先に察知して、鳥肌が立つ。
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