第1幕

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 顔を向けると、一直線に進んでくる男性が目に 入る。両手にはアイスクリーム。旦那に違いない。  僕の視線に気付いたのか、母親が後ろを振り向 く。子供が父親の方へ駆け寄る。  僕は諦める。 「じゃ」 「あ、はい」  若いお母さんも可愛い感じだ。でも、それはお まけに過ぎない。  チャップリンを脱ぎ捨て、僕はメリケン波止場 を後にする。僕だって、シングルファーザーで、 四才の女の子はいた。  可愛い。バツ1女性の連れ子だった。ぐずった って可愛い。虐待する親の気が知れない。 「要らないなら、邪魔なら、何人でも欲しかった」  虐待情報のアンテナは常に張っている。  すれ違い様、癖で不用意に手を振ってしまう。 両親が不審な顔をさっと僕に向ける。  誘拐犯や性的いたずらなんて、即思われるから、 世間全体の性質が悪い。  子供らも息がしにくいに違いない。僕からプレ ゼントのように鼻歌が流れる。  歩く音楽。  大きな深呼吸の後、保育園に、しーちゃんを迎 えに行く。完全に懐いてるし、僕のことを実のお 父さんだと思ってる。  笑顔いっぱいのしーちゃんが駆け寄ってくる。 僕はしゃがんでは受け止め、抱き上げる。  若い保母さんがにこやかに寄って来る。 「楽しく過ごされてましたよ」 「それはよかったです」  僕の自意識過剰か、先生からどうも惚れられて るような気がする。  でも、未婚の女性に興味はない。  恋愛して結婚して、子供を作るというか授かる、 なんて手続きは手間が掛かって仕方ない。  その上、どんな子ができるかも分からない。  僕はしーちゃんと手をつないで、保育園を後に する。  手が小さくて、あったかい。下から、僕を見上 げる目と、目が合う。  あ?、幸せ。  保育士なんて言葉は好きじゃない。やっぱ、保 母さん。 「男か女かは分かるけど、どんな子か分からない から楽しいのよ」  って、学生の時、付き合っていた彼女に言われ たこともある。否定はしないし、一理あると思う。 ただ、それだけ。  僕はお箸をテーブルの上に置くみたいに付け加 える。 「昔みたいに、これがあなたの結婚相手よって、 両親から勝手に決められていたら、どんな感じ?」 「―――」 「分からないから楽しい?」 「性格悪いわ、金太郎は」  軽快な思い出がシャボン玉ように、パンッと割 れては消える。  ある時、詩や豆本に目覚めるように、子供に目 覚める。 「豆本には詩がある」
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