第1幕

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 母親なんて見なくていい。鬼でも悪魔でも、オ カマでもいい。 「この娘に決定」  幸い、虐待は受けてなさそう。ただ、受けてる 方が勝ち取りやすい。  表札から、 「川下さんかぁ。下は何て名前だろう」  ヤバい。僕は慌てていない振りで、そそくさと 電信柱の背後に隠れる。  若い夫婦が帰ってきた。たぶん、あの娘の両親。  あんな可愛い子供をほったらかし、どこで遊ん でたんだ。親失格。 「お帰りーッ」  あの娘の声だ。声まで可愛い。 「たまらない」  僕は膝から崩れ落ちる。ひれ伏する。完全にノ ックアウト。  負けて気持ちいい、なんて娘はそうそういない。 「あれ? もう一人いる?」  舌足らずな別の可愛い声が聞こえる。  楽しそうな笑い声が一家に響いていた。その中 から、声を選り分ける。  子供が何かしたのか、また爆笑。それを聞いて ると、嬉しいけど悲しい。悲しいけど嬉しい。 「どっちやねん」  って、自分でノリツッコミをする。  幸せな家庭。僕の幼い頃と大違い。思い出さな いように努力。  声の中から、子供の名前を拾う。 「ももちゃんととふじちゃんだ」  あの娘らが不幸だったらいい、なんて思ってな い。  不幸なら、救い出すだけだが、救い出すために 不幸であって欲しいとは思わない。 「旦那さんがいるのかぁ」  はぁー。ため息。  普通なら、ここで撤退するところだった。基本、 シングルマザー狙い、シングルマザー礼賛。  でも、今回は悩む。誘拐なんて卑劣な手段は問 題外。  自分の動きが不審者のそれになってないか、自 己チェック。  僕は変質者じゃない。ちゃんと手続きを踏んで いる。 「あんな娘は二度といない」  奇跡の出会い、運命の出会い。  あのおばあさんがスルメの足なんて、しゃぶら せるから悪い。 「スルメさえなければ――」  後ずさりして、泣きながら、撤退できたかもし れない。  僕は歩くスルメとなる。 「あ?、今日はシングルマザー日和だと思ったの に」  しょげそうな気持ち。  だからって、僕は連れ子のしーちゃんをおろそ かにしない。 「公平がモットー」  与える量、質が同じなのじゃなく、その子の満 足度が公平ってのがポイント。  ブータン王国の幸福度に近いかも――。  子供はみんな可愛い。  恋人や奥さんは一人にしなきゃいけないけど、 子供なら複数でも咎められない。  寄り道して、激安スーパーで十枚千円のスルメ
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