第1幕

8/63
前へ
/63ページ
次へ
 子供の笑顔や無邪気さには、いつだって、こっ ちが癒される。  バスタオルで拭こうとすると、しーちゃんは裸 で部屋中を逃げ回る。 「捕まえた」  そういって、抱き上げる。抱きついてくる。  一緒に料理をした後、食事を見守る。  小六の時、書いた作文。人生これからって時に 書いた作文とは大違い。 「あの時はバスの運転手になりたかった」  会社の社長やスポーツ選手などと、クラスメー トが作文を読み上げる中、僕の夢は地味だったみ たい。  女子は比較的現実的で、花屋さんやケーキ屋さ ん、保母さんなどで、まれにアナウンサーやタレ ントなどなど。 「しーちゃんは大きくなったら、何になりたい?」 「スイカッ」 「いいなぁ、お父さんも大好き」 「うんッ」  しーちゃんのなりたいのはその時々によって、 ニンジンだったり、ピーマンだったりする。  話しかけず、食べるのを見守る。こんなに小さ いのに、動くんだと思ってしまう。動くから、余 計に可愛い。  大したことない人生だから、名前が同じという だけで、足柄山の金太郎の生まれ変わり、な?ん て、僕は夢想してる?  ネット上で、異性になったり、大金持ちになっ たり、モテモテになってるようなもの? 「その前に、僕は全然、太ってはない」  スポーツ選手が引退後、ぶくぶく太ってしまう 逆バージョン?  落ち込む中、天啓が閃く。 「も、もしかして、今現在の僕の方が夢なんだろ うか?」  足柄山の金太郎が腹いっぱい食った後、見てい る夢の一つ。  シャボン玉のようにパンッと弾けて消えてしま う夢の一つ。 「悪夢?」  しーちゃんに野菜ジュースを出そうと、僕は冷 蔵庫を覗く。  うどんの玉をなでなでしながら、 「その前に、どうして」  バスの運転手になりたかったのか。  まったく、思い出せない。  僕には時間がない。  時間どころか、友人もいなかった。  友達って何って問題。  難しく、あれこれ考えると、一人もいない。考 えないと、まあ、いるかもしれない。 「そこいらの女性に射精しまくって、認知しまく ったらいいじゃん」  ただ、ろくでもない知人はそれなりにいた。 「いやいや、そういう問題じゃなく」  気乗りしない振りをしたが、その手があったか。 持つべきものは知人だ。  こんな助言をくれるなんて、ろくでもないどこ ろか、原田は大親友だったのかも――。  そっち方面に鈍感な僕は今頃、気付く。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加