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部屋の前に立つ。
ノックすることも忘れ、ドアを開いた。
広々とした部屋だった。
執務室も兼ねての大部屋は2フロアに分かれている。
執務室側に彼の姿はない。
隣のフロアから何やらの物音が聞こえてくる。
荒い息遣いと甘い声。
ギシギシとスプリングが上下する音。
黒い予感が胸を汚染していく。
悪い胸騒ぎの中、ティルアは隣の部屋をそろりと覗いた。
ベッドに女性の姿があった。
彼女の上にのし掛かる影。
銀の髪が揺れ動く。しみ一つすらない真っ白な雪肌から汗がうっすらと浮かんでいる。
「あぁ、ラサヴェル様……ぁ」
「……ふふ、気持ちいいでしょ。
ほら、もっといいことしてあげる」
妖艶な笑みには、優しさの一つすら浮かんでいない。
ぞくりとする冷たさがそこにはあった。
ティルアはその場にへたりこむようにして座りこんだ。
「…………ラサヴェル…さ――」
口から漏れてしまった言葉にベッドの上の二人が合わせてティルアの姿を目に留めた。
女性はすぐさま慌てたように服に袖を通すと、胸元を押さえ、逃げるようにして部屋を飛び出していった。
静寂が訪れる。
一歩も動けずに座り込んだままのティルアの紅玉の瞳からは涙が止まらずに流れ続ける。
タオル地の白いバスローブに袖を通したラサヴェルはティルアの姿を目に留めるとため息を落とし、銀の髪を掻き上げた。
「…………デートだったんじゃなかったの?」
彼が言った。
バスローブ姿でベッドの上に腰を下ろし、ティルアに背を向けたまま。
「…………」
何も答えることができず、ティルアは嗚咽をもらすことしかできない。
「なんで、なんで戻ってきたの……?」
問いかけされる言葉に心がついていかず、ティルアは泣くことしか出来なかった。
しびれを切らしたのか、ベッドに座るラサヴェルはティルアの方へと身体を向けた。
「なんで、泣いているの……」
ラサヴェルの声色が震えるものへと変わる。
そろりとベッドから降りた彼は座り込むティルアの前までゆっくりと近付く。
涙を拭おうと手を差し伸べたところで、気付いたように動きを止めた。
「……僕が君に触れる資格はもうないね」
そう言って彼は手を引っ込め、ティルアの隣に膝を抱えて座った。
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