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街中に生える木々が未明上がった雨の名残を朝露に変え、ぽちゃんとひとつ滴り落ちた。
セルエリア城下は快晴。鳥達の囀りが耳に届く。
「ふうん、一晩でぐっと上達したじゃない。指遣いはまずまず及第点といったところかな」
「お、音階くらい私だって……!」
「へぇ、じゃあ次はコードか。
いいかい、讃美歌の奏者は主に、左手がベース、右手からは旋律と和音。
左右で別の動きをしなければならない。
徐々にやればいいよ。
そんなにすぐに覚えられるなんて誰も思っていないから」
朝の祈りが始まる前の僅かな時間。
ラサヴェルはいつもの調子に戻っていた。
パイプオルガン上部に聳えるステンドグラスからの光を浴びた彼の銀の髪がきらきらと輝いている。
「ラサヴェル様の髪……綺麗」
「え? ちょっと君、何を考えてるの。
今は演奏の――…」
ティルアが座るスツールの隣。
手を伸ばすすぐそこにある銀の髪を思わず指で梳く。
紅玉の瞳で見上げる彼の白い肌が幾分赤みを帯びていた。
「…………緋薔薇」
彼の白い指先がティルアの顎に優しく触れる。色気をふんだんに含んだ声色が耳元に降り注ぎ、ティルアの頬も紅潮する。
薄めの唇は若干紫に近い。
伏せられる長い睫毛。
慌てて瞳を閉じたティルアの唇にラサヴェルの唇が遠慮がちに触れた。
柔らかい感触が広がり、ティルアの心がぽっと熱くなる。
どちらともなく唇は離れ、赤と蒼の瞳がうっすらと開かれた。
「緋薔薇……」
彼からの熱っぽい目線に酔うように、ティルアは恥ずかしさに頬染め、はにかんだ。
「ふふ、可愛い。
離せなく……なるじゃないか」
とろけるようなラサヴェルの笑顔が視界一面に広がった。
頬の一端をうっすら赤くし、二人きりの時だけ見せる不機嫌に光る蒼い瞳を細めて――彼はくしゃくしゃに笑った。
栗の髪に置かれた手がティルアの頭を優しく撫でる。
「……ラサヴェル……様……」
夢見心地の気分で唇に触れる指先が震える。
「そんな顔をしてもダメ。
もうこれ以上僕を誘惑しないの。
……キスだけじゃ我慢できなくなるから」
「……………っ!!」
ラサヴェルは白い指先を口許に運び、シィと妖艶に微笑んでティルアから離れた。
「さて、そろそろ朝の祈りの時間です。
私は他の司祭を呼んできます。君は扉を開けてください」
「……はい」
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