第八夜 二つのインディゴブルー

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「アスティス王子、このような朝早くからお越しとは一体何事ですか?」  ラサヴェルがティルアのすぐそばまでやってきたことで、ティルアはほっと安堵をもらした。 「ラサヴェル大司教、あなたは記憶のない彼女に一体何を吹き込んだ!?」 「何を、とは?  人聞きが悪いですね。  私はただ、あなたがお困りのようでしたから、緋薔薇をお預かりしているまでです」  不機嫌に訴えるアスティスと、それとは対照的に終始にこやかなラサヴェルと――  二人の間に立っているティルアは明らかに不穏当な空気に目を見張った。 「ミアンヌには早々にお引き取り願うことにした。もう既に手は打ってある。時間の問題だ。  もうこれ以上あなたの好きにはさせない!」  明らかな敵意を剥き出しにするアスティスは掴んでいるティルアの手首を引き寄せる。 「……離して、離して下さい」  ティルアはアスティスを見上げて訴える。彼の眼差しが切なさに歪むも、今のティルアには理解できない。  言われるがままに離す他なくなったアスティスはすぐにもティルアを解放する。 「ラサヴェル様は何も悪くありません。  私は好きで彼の側に居ます。私の元婚約者だからと、少々強引すぎやしませんか。  ラサヴェル様が可哀想……!」 「…………ティルア」 「いいんです、緋薔薇。  そこは僕に非がありますから。  アスティス王子がこんな朝早くに訪れたことですし、緋薔薇、君は彼と少し出掛けてきなさい」  そう言ってラサヴェルは大聖堂へとすぐにも引っ込んで行ってしまった。  突き放されたような思いがして、ティルアはショックを隠せなかった。  見送る目線の先から信者らによる神勅(しんちょく)の読み上げが始まる。  戻ってこないとはっきりと事実を突き付けられ、ティルアはがっくり肩を落とした。 「ティルア、そんなにラサヴェル大司教が気になるのか」 「ええ。少なくとも、あなたよりは……」  じとっとした眼でアスティスを睨むと、彼はやっぱり悲しそうに目を伏せる。  婚約を破棄した側の婚約者が、突然会いに来る。  そんなことをすれば、どんな者でもティルアのような反応をするのが普通だろう。  彼は傷付いた顔をする。意地悪をしてやれども、帰る気配もない。 「……分かりました、話を聞きます。  私は土地勘がありません。  どこか話ができる場所にでも連れていってください」
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