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「気に入って貰えたみたいだね、よかった」
ドレスを手にしながら振り返り見たアスティスの笑顔に、ティルアはどくんと胸を高鳴らせた。
余程安堵したのだろう。
先程まで緊張をはりつめさせ、固く結ばれていた口許がふわっと緩んだ。
頬が赤く染まり、インディゴブルーの瞳の輝きが増した。
高鳴る胸の鼓動は、罪悪感へと変わっていくまでにそう時間は掛からなかった。
この人は悪い人ではないと直感が訴えてくる。
ならば、その直感のままに素直に従ってもよい――そんな気がした。
「ありがとう、アスティス様。
先程まで酷い態度をお許しください。
あなたは悪い人ではありません。
何か……そう、何か特別な理由があったのでしょう」
「特別な理由――そうだね。
徐々に話していこう……今すぐに受け入れられることばかりではないだろう。
ゆっくりでいいから、元の君を取り戻していってほしい」
元の自分――今のティルアには全く見当もつかないような壮絶な過去を生き抜いてきた“ 自分 ”
三年前にあったという舞踏会での一件、再会してからアスティスを愛するようになったという事実。
確かに、と思う。
アスティスという人となりは、僅かながらの時間を共にしただけで理想的過ぎるものがある。
容姿もさることながら、女性への気遣いも、エスコートもできる。
大国の第一王子という申し分ない身分も持っている。
ここからは想像の域を出ないものだが、恐らくは国政を操る手腕も持ち合わせているに違いない。
しかし、今のティルアの心にはラサヴェルがちらついていた。
悲しみを背負いながら、人に幸せの道を説く彼のことを思うと、心が揺れ動いていた。
「このドレスにしようかしら。
……えっと、値段は………………」
何着か候補を選び終え、値札を裏返ししたティルアは目を疑った。
何回瞬きしても、目を擦ってみても、位(くらい)の位置は変わらない。
「ね、ねぇ、アスティス様。
私、せっかくですがお洋服はいいです。不相応すぎます」
「値なら気にせずとも、これは俺の買い物だから……」
「それは、それは、困ります!
あっ、そうだ。
私は確かどこかの国のお姫様でしたよね?
私の荷物はどこにありますか?
自分で支払います」
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