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<4> 「うわぁ……お金持ちって本当だったんだ……」 目の前にそびえる大きな家を見上げて、生活用品などが一通り詰まったカバンを持ったまま、詩乃は小さく口を開ける。 普通に3LDK……いや、もしかしたらまだLの数が多いかもしれない。 お母さんと二人暮らしという話だったけれど、これ掃除とかどうするんだろう。 妙な緊張感に捕われつつも、詩乃は玄関のチャイムを鳴らす。 少しの間待っていると、ガチャリとドアが開いた。 「………あら」 友達のお母さんの方が出迎えてくれた。 優しそうな人だったらよかったのだが………この女性は、それとは対極のイメージの人だった。 見たところ四十代後半だが、その顔貌には凛とした気品がある。 ある、のだが……何か冷たそうというか。 お局……みたいな………。 「あ、えっと………」 いきなり二割増しになった緊張感に圧され、言葉が上手く出てきてくれなかった。 気まずい雰囲気になる事請け合いだった。 しかし。 「いらっしゃい。話はもう聞いているわ」 「……え?」 「明日菜、いらしたわよ」 廊下の向こうにむかって友達のお母さんがそう言うと、とてとてと軽い足音が近づいてきた。 そして足音の主は栗色の髪を揺らしつつ、にこやかな笑顔で詩乃に言った。 「やっほー!いらっしゃいシノのん!」 「うん、アスナ。お邪魔します」 その笑顔に、詩乃もまた笑みを返した。 あと、とりあえず結城明日菜の母親はそんな冷たい人でもなさそうだった。 「ごちそうさまでした」 「お味はどうだった?」 「美味しかったです。すごく」 一泊二日のお泊まり初日、まず結城家の晩ごはんをごちそうになった。 ステーキが出た。 これがもう、今まで食べた肉の何より美味しかった。 次から自分の手作り料理の味に戻れるかちょっと不安を覚える。 よっぽどいい肉を使っているに違いないと思っていたのだが、明日菜いわく「普通のお肉だよ」らしい。 つまりこれはひとえに料理の腕前であるらしかった。 あやかりたい。 そして明日菜のお母さんとも普通に話せてしまった。 人は外見ではない、という誰かの言葉を思い出す。 「食器は下げておくわ。どうぞくつろいでいって」 「ありがとうございます」 「シノのん、こっちこっち」 明日菜に手招きされ、階段を上って彼女の部屋へと向かう。 改めて見てみると、この家は隅から隅までセキュリティが半端ではない。 泥棒というものが架空の生物扱いになりそうな感じだ。
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