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◆一章「注目の集まる檀上で気付かれずに花束を入れ替える方法」
●1
入学式を終え、教室に戻った。僕等二年生がどうして入学式に出ていたかと言うと、若草高校のしきたりだからである。在校生は、新入生を祝う意味を込めて入学式に出席するのだ。
着席して一息つく。内心の動揺を隠しながら、クラスメイトたちの喧騒を数秒聞いた。「新入生代表の子、めっちゃ可愛かったな」「な。思わず見惚れたわ」「というか、花束、何か――」男子達の声が耳に入る。どうにも落ち着かない。僕は隣にいる浅田に声をかけた。
「なあ、浅田」
「ん?」
この後ある部活紹介のプログラムから目を逸らさずに彼は反応する。
「皆が注目する檀上で、誰にも気付かれずに、一瞬で花束を入れ替える方法って何か思い付く?」
浅田は動きを止め、数秒してから僕を見た。顔をしかめている。
「そりゃあ、お前……誰にも気付かれずには、難しいだろ……。えっと、春一はそういうことにしたいの?」
「何が」
心の揺さぶりを隠して反応する。
「え、そういう話じゃなかったのか? だって、お前が新入生代表に渡した花束、なんか、おかしかっただろ」
「まあ、……」
僕は、生徒会役員として、新入生代表に花束を渡す役目をおっていた。
「赤薔薇いっぱいの花束を渡すって……なんか、プロポーズみたいだったじゃん」
「プロポーズって馬鹿言うなよ。あれは祝いの花束だ。まあ、確かに赤薔薇だけの花束っていうのは珍しいかもしれないけど、ありえなくはないんだよ。花言葉的に」
適当を言った。薔薇の花言葉なんて知らない。
彼が言っているのは、僕が新入生代表に檀上で渡した花束のことだ。それが赤薔薇の花束というのはおかしいのではないか、という話である。耳を澄ませると、ところどころでそういう話題が拾えた。
僕だって、入学式で贈呈する花束が全部赤薔薇というのはおかしいと思う。
「……」
面倒なことになるかもしれない。
僕は、さっきの入学式を回想した。
僕は生徒会の一員として、ステージの袖から新入生を眺めていた。のりの残っている制服に身を包み、期待を込めた澄んだ瞳で演説台にいるPTA会長の話に聞き入っている。一方、新入生の後ろにずらりと座っている在校生たちは、背もたれを余すことなく使い、退屈そうにしていた。
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