一章「注目の集まる檀上で気付かれずに花束を入れ替える方法」

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 僕も本来ならそうなっていたはずなのだが、新入生代表に花束を渡すという、生徒会の仕事が控えているという理由で気が張っていた。だから、PTA会長の話が耳に入った。  恰幅の良い彼は、『私も高校三年間のことはよく覚えているし、そこでの思い出は今の私に最も影響を与えている。どうか、大いに熱意を持って青春して欲しい』という趣旨のことを話していた。それを聞いて、気付いた。  ああ、PTA会長、去年もこの話をしたな、と。  一年前の僕はこの言葉を聞いて、「やっぱり、高校生活、青春したい」と思った。しかし、ずるずると、無抵抗に、何もできない日々を送っている。  僕はこの一年、そこそこ勉強をし、生徒会活動をし、「体質」に対処していただけだ。おかげで良い成績をキープでき、生徒会として組織を学べ、まあまあ平穏な日々を手に入れたけど、――でも、どれもが僕の思う青春ではない。  PTA会長が、自身の高校時代の思い出を語り始めた。汚い川で泳いで腹を下したとか、軽い気持ちで山に入ったら迷って大変だったとか、手紙で告白したら振られたとか、そういう話だ。同じ話を再度聞かされて思う。  ――青春せねば。  どこか義務のようにそう思った。女子と甘酸っぱい恋愛をしたり、親友と馬鹿なことをしたり、部活に熱を入れて取り組んだり――何かを、全力でしたい。そう思うのは、やはり現状に不満を持っているからだろう。  PTA会長の話が終わる。司会である教頭先生が、「生徒会長の挨拶」と口にする。その時、変な間で意識が現実に引き戻された。 「あ、会長。次、生徒会長の挨拶ですよ。呼ばれました」 「とと、本当だ。ぼうっとしてた」  隣の生徒会長に声をかける。彼女はてへへ、と照れたように笑い、演説台へと歩く。途中で軽く躓く。どうにも心配になる生徒会長だった。  しかし、挨拶をする表情は、真剣そのものだった。いつもの抜けている感じはなく、力強さを感じる。僕はついその横顔に見惚れてしまった。僕は会長を尊敬している。彼女のように、周りを動かせるような人になれたらな、と思う。  会長は話を終え、一礼してステージの袖に戻ってくる。 「どうだった?」 「会長らしい挨拶でした」 「ちょっとー、それどういう意味よー」  会長が笑う。僕は笑い返し、それを答えとした。会長への拍手が徐々に鳴りやむ。
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