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僕は花の種類に関してまるで分からないので、白、黄、ピンクの花々が刺さっていて、それがラッピング用のビニールにくるまれ、お尻からは茎が飛び出している、というようなことしか分からない。気も逸れなかった。仕方がないので、素早く手渡すことにした。
タイミングを見計らい、すっと、彼女に花束を差し出す。なんだかプロポーズのようで恥ずかしかった。そしてそんなことを思う自分がさらに恥ずかしく、数回循環し、目が回った。そんなことをしている間に、彼女は花束を受け取ったようで、僕に小声で
「ありがとうございます」と囁いた。拍手喝采の中、僕は足早にステージの袖へ戻る。
「おつかれーっ」
会長がにこりと笑い、僕の背を二度優しく叩いた。僕が緊張していることを分かっていたのだろう、こういう気遣いが本当にうまい人だと思う。僕はそれによって、仕事を終えた実感を得て、緊張を抜くことができた。
――しかし。
「こんな素敵な花束を、ありがとうございます!」
プログラムにない言葉が聞こえてくる。早伊原樹里が花束に対してのお礼を、マイクを通して述べたのだ。まあ、ありえないことではない。
しかし、僕の口からは、単音が発せられる。
「…………は?」
目を疑った。
早伊原樹里は、花束を掲げるようにしていた。
その花束が、
全て真っ赤な薔薇の花束になっていたのである。
「あれ、えっ、……え?」
僕が渡した花束は、白、黄、ピンクの花で構成される花束だったはずだ。真っ赤な薔薇って……そんなの、まるで、プロポーズじゃないか。いや、待て。プロポーズ云々という妄想はした、確かにした。だけど、それが何だっていうんだ。それで花束が変わるか?
舞台の袖に、早伊原樹里が薔薇の花束を抱えてやってくる。ここを通り、花束を一時的に預け、そして自分の席へと戻って行く段取りである。
呆然自失としていると、早伊原樹里が僕を再び見た。そして、ずんずんと僕に近づいてくる。
「先輩♪ これから、よろしくお願いしますね」
重そうに三角錐の花束を左手に抱え、右手を差し出してくる。浮かべられた笑顔は、やはりとびきり可愛かったが、何故か裏に黒いものを感じた。
「あ、ああ……」
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