二章「四列離れた席からカンニングする方法」

30/31
1133人が本棚に入れています
本棚に追加
/160ページ
「今回もまた私が勝ってしまったようですね。敗北を知りたいです」 「何だよ、じゃあゲーセンでポップンでもするか?」 「先輩、お金ないじゃないですか」 「そうだな」  彼女への返答がおざなりになる。元気がなかった。多分、僕はショックを受けているのだ。  勘違いされる方が悪い、という言葉がある。僕も戒めとしてそう思っている。だけど、彼等は、彼等の関係を勘違いされたとしても厭わない。二人だけが分かっていればそれでいいのだ。そういう友情なのだ。脱力し、上を向いた。蛍光灯が目に染みる。光が強すぎて、目がくらんだ。 「じゃあ先輩。私はそろそろ帰ります。ゴミは片付けといてください」  そう言って、彼女はトレーを僕の前に寄せ、素早く席を立った。 「おい、ゴミくらい自分で片づけろよ」  彼女は振り返ることなく去って行った。僕と彼女の間に、さよならを言う習慣はない。なぜなら友人ではないからだ。  佐古田と西宮の関係は、早伊原と僕の関係と同じだ、そう思っていた。でもそれは、勘違いだった。馬鹿みたいだ。僕はただ、理不尽な目に遭っているのは僕だけじゃないと、そう思いたかっただけなのだ。西宮は、僕とは違う。思いやられている。  すっかり暗くなった外の景色を見る。人通りも少なくなり、切れかかった街灯が物寂しく明滅していた。いつの間にか、佐古田と西宮の姿も消えていた。  ぐぎゅるる、と僕のお腹が情けない音を立てた。空腹も限界だ。僕も帰るとしよう。トレーを持つと、不自然な重みがあった。 「……」  チーズバーガーが手つかずで残っていた。数秒立ちすくむが、結局僕は再び座ることにした。ゴミは片付けといてくださいって、そういうことかよ。彼女の態度がなんだかおかしくて、僕は笑ってしまった。 「あいつも、よく分からないやつだな……」  彼女は、関係は時には、本人達にすら分からないと言った。  僕と早伊原は、どういう関係なのだろう。皆が僕等を恋人だと思い、それを大多数の事実として作っている。じゃあ、その中身は、真実は、何だろう。 「……分かんないなぁ」  確実に真実はある。僕はそれに当てはめる言葉を持っていないだけだ。知り合い、友達、親友、師弟、先輩後輩、上司部下、兄弟、親子――数えきれないほど、人間関係の種類があるのに、どれにも当てはまらなかった。ただ、何があっても、めったなことではこの関係は壊れないだろう。
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!