一章「注目の集まる檀上で気付かれずに花束を入れ替える方法」

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 何故僕に? これからよろしく? まあ、そりゃあこの高校の生徒になるのだから、これからよろしく、というのは見当違いの挨拶ではないけれど、それでも不自然だった。状況がよく飲み込めないが、差し出された手には反応してしまう。手をにぎると、ぬるっとした。 「……」  僕は彼女の瞳を見て、そして花束を見て、数秒沈黙した後、一人で結論に辿り着き、これからの行動を考えた。  回想終了。そして先生に呼び出され、「何故花束を勝手に取り換えたのか」と怒られ、教室に戻り、今に至る。 「やっぱり、何か変じゃね? 薔薇って」  しつこく浅田が尋ねてくる。 「んなこと言われてもな。僕、用意されてた花束を渡しただけだし」  皆、花束が途中で、しかも檀上で変わったということに気付いていないようだった。僕が持っている時、観衆側に茎を向けていたからということもあると思うが、何しろ、赤薔薇の印象が強いからだろう。 「よくそんな花束を用意したな、学校」  僕は曖昧に返事をする。先生に怒られた時も、そして今も、花束が変わったという話はできなかった。先生に言ったとしても、「またか」と思われてしまうし、浅田に言うと、全力で謎を解明してくれそうだったからだ。  僕の身の回りでは、ミステリのようなことがよく起きる。僕には、そういう「体質」があると、浅田にはそういうふうに説明してある。始まりは、高校に入学して一週間後。僕の机に、見知らぬ財布が入っていた。それはクラスメイトの物で、中身が全て抜かれていた。反論するも、犯人は僕ということになった。 「矢斗春一は陰湿な奴だ」というのは、皆の共通認識になっている。だから怪しい何かがあると、僕がまた何かをしでかしたということになるのだ。僕を信じてくれているのは、浅田くらいだ。  僕は、それから何度も不思議に直面している。それに対処するスキルも身に着いた。身近で不思議なことが起きたら、まずは知らないふり。次に誰にもバレないように処理する。  今回は、僕が最初から薔薇の花を渡したということにしておけば問題はない。そうすれば、大きくならない。  こんなことばかりしているから、青春が遠ざかるのであった。 「……?」  突如として、クラスの前の扉付近がうるさくなる。僕等は後ろの窓側の席で喋っていたので何が起きているかは見えなかった。
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