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なんだろう……? 僕と浅田が顔を見合し、首を傾げあった。
「――春一――」
前の扉に集結しているクラスメイトから、僕の名前が飛び出した。振り返り、訝しむように僕をちらちらと見る。僕に何か用なのか? あぁ、会長が訪ねて来たのかな。
そう思い、席を立った瞬間だった。
「先輩!」
集団を割って入ってきたのは、胸に『祝入学』と花を付けた新入生、早伊原樹里だった。
「早伊原、さん……?」
まっすぐに僕の元へやってくる。浅田が空気を読んで若干僕から離れた。扉付近にいた男子達の視線が刺さる。女子も、ざわついていた。
「何? どうしたの……?」
にこにこと笑顔を浮かべ、僕の顔を見つめている彼女を前にして、僕は戸惑いを隠せなかった。彼女が、一体僕に何の用があるのだろうか? 嫌な予感しかしなかった。恐らく、動物的な本能だと思う。
彼女が一歩、ずん、と僕に近づき、距離を縮めた。
「えっ……何?」
僕が咄嗟の判断で一歩下がる。彼女は僕を掴もうとしたらしく、腕を空ぶった。しかし、めげることなく、再び一歩踏み出す。僕が下がる、彼女が踏み出す、下がる、踏み出す。終始、早伊原は笑顔であった。それが不安を加速させる。客観的に見て滑稽な図を何度か繰り返したあげくに、僕はついに腕を掴まれた。
「もう、逃げないでくださいよう、先輩」
「ちょ、ちょっと、何だよ、やめろよ……」
僕の右腕をぐん、と引き、自分の体に寄せた。僕はよろめき、気付くと彼女と体が密着していた。カップルが腕を組む、あの格好である。僕は離れようとするが――、
「いぃ……っ!」
「先輩、入学式の時は、熱烈な告白、ありがとうございます! 私、真っ赤な薔薇に胸を打たれて……心が逸って逸って、教室まで押しかけて来ちゃいました♪ 先輩の告白、お受けします。今日から、お付き合いですね」
こてん、と僕の方向へ首を預けた。僕はつま先から強烈な寒気が上ってくるのを感じ、身を凍らせることしかできない。
クラス中、騒然である。クラスの男子達は「はあ?」「何? どゆこと?」「春一が?」「何があった?」と、状況を飲み込めず、女子は一部がきゃーきゃーと黄色い声をあげ、大多数は目が点になっていた。浅田は「はっは、おめでとう」と笑い、手を叩いていた。
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