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1.
明日から夏休み。
はしゃいでいた子どもたちは夜更かしするつもりで部屋を散らかし、明かりをつけっぱなしで眠ってしまっていた。
学習机に置かれた勉強を阻害するであろうパソコンの電源も入っている。
画面には、
『バージョンアップ完了まで…87%』
と見えた。
「自動的に止まるって確か言ってたわよね?」
母親は不安気に首を傾げる。普段なら節電をキリキリと呼び掛けるところ、今起こしては夜更かしを再開しかねないと判断してパソコンから離れる。
電池が切れたように眠る部屋の主にタオルケットを掛け、扇風機は風が直接当たらないように調整しておやすみタイマーをセットした。
向かい合わせの部屋の受験生は、受験生らしく参考書に和英辞典にノートを広げ、鉛筆やペンをベッドにぶちまけたまま枕に突っ伏していた。
「…どんな勉強の仕方だ。」
ツッコミを入れつつ母親はテキパキと筆記用具類ノート類を枕周辺から学習机へ撤収する。
2つの部屋の消灯を確認した母親は最後にもう一仕事と、子どもたちが絶対見るであろう階段手前の壁に、用意した張り紙を押しピンで留めた。
張り紙にはこう書いてある。
【ゲームをするにあたっての約束事】
一.一日二時間(できれば一時間)
二.知らない人とチャット等交信は一切しない
三.課金したら即ゲーム禁止!
四.開始時間が遅れてもゲーム時間は夜の8時半まで
五.困ったことがあったら安光くんに相談(安光くんとなら交信はOK)
※オンラインゲームは夏休み限定
※受験生はゲーム禁止
母親は明日からの不安が隠せない。
そう、明日から夏休み。
一人心に気合いを入れ、そっと階段を降りていった。
階段下の照明スイッチが切られ、やがて家全体が真っ暗になった。
子ども部屋のパソコンだけがまだ明るいまま、デスクトップのファンとそれを回すモーター音が静けさに響く中、画面の表示がにわかに変化した。
『バージョンアップ完了しました』
文字は横へスクロールし続ける。
やがて画面の明度が落ち、パソコンはスリープ状態へなるだろうという時、文字はまた変化した。
『誰か私たちに気付いてください。世界を救ってください。』
そこでプツリと画面は消え、モーターが一際唸るとゆっくりと静かになる。
ルーターの小さな光だけが暗闇の中で時折点滅していた。
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