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いつものように軽々しい調子で執り成すのは森山都だ。黒縁眼鏡の奥から中性的な可愛らしい瞳が覗いている。学年で一位の成績を取っているような真面目さは微塵も感じない。こいつは中学の頃から女にモテていて、そのバレタインでもらう一日のチョコの数は、俺の一生分の数を足しても及べないだろう。比較として陳腐にすぎたかもしれないが。
「さあ、早く入りましょう。真奈、出して」
鷹揚に手を突き出す出辺。
「わかっておる、わかっておる……」
などと呟きつつ、駿河が脇腹の辺りをまさぐり始める。しかしその手はなににも引っかかることなく、すりすりとシャツの上を滑るばかりだ。
「ねえ、まさかあなた……」
一瞬にして満ちる不穏な空気は正しかったようだ。
わかりやすく駿河は頬に汗を垂らしながら、
「忘れてきちょりましたわいっ!」
てへっ、と可愛く舌を出して見せる。たいていの男ならそれでもう許してしまえるのだろうが、
「大馬鹿っ!!」
当然、出辺に通用するわけもなく、
「ひぃぃっ、怒らないでけろぉ~~っ!!」
大げさに両手を擦り合わせる。
どうしたものか、と俺が逡巡するより早く、先のプラカード持ちのスタッフと思しき女性となにやら話している森を発見。まもなく――
「なんとかしてくれるそうだよ」
クールショートなツンツンヘアに見合った爽やかな笑顔で言ってくる。
「ほぅ、わしの予想どおりじゃ……」
「なに偉そうに言ってんのよ……!」
「いだだだだだだ……ッ!」
思いきり出辺が駿河の耳を引っ張り上げる。
こうして俺たち四人は、ようやく薄明かりで満たされた館内へと足を踏み入れた。
「一番後ろの端っこになっちゃったね」
苦笑気味に言う森。すかさず首肯する出辺が、
「誰かさんのせいでね」
嫌みったらしく言ったのだが、
「お、そこの可愛い娘ちゃん、ちょっと寄ってきんさいっ!」
それこそ、一番後ろの隅に座っていた駿河は、でかい声で売り子の女子を呼びつける。
「なんだまだ喰う気か?」
俺は焼鳥を見せてそう訊くが、
「当たり前のことを訊くねい! トルティーヤとワッフルを狙っていたんじゃい……」
ぐっふっふ、と笑いながら両手に嗜好のブツを譲り受ける。
「太るぞ」
厳しい口調で言ってやるが、
「ちっちっち、充分なカロリーは消費してあるから問題ないのじゃ!」
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