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言われてみれば、こいつは口裂け女の特殊メイクを施して、教室を縦横無尽に駆け回っていた。恐がらせるというより、笑われているに近かったが。
「しかしすごい人ね……」
横で出辺が呟く。
確かにそうだった。フロアに敷き詰められた椅子の横列だったが、余すことなく満員御礼だ。別に「ハムレット」などそう高校生に人気のある演目ではないと思うが……。
「やっぱり〝仮面少女〟が現れるって噂が効いているのかもね」
出辺の向こうで森が訳知り顔で顎に手を添える。
「そんな噂が立っているのか?」
飄然と森は頷き、
「ああ、上演中に、〝仮面少女〟がなにかを盗みに来るってね」
「やつが現れるときはたいてい盗むのだろうが……予告状でも見つかったのか?」
「いーや、ただの風の噂さ。そんなルパンみたいに犯行声明を出すなんていままでもなかっただろ?」
それはそうだが。でもそれなら、演劇部が集客を増やすために流したデマかもしれんな。火のないところに煙は立たぬ、と言うが、別に立つときは立つだろ。立たせようとするやつがいればな。
「楽しみにしているような言い方ね……。山都は彼女が来ると思っているわけか……」
足を組みつつ、斜に構えて出辺が指摘する。森は正直に笑い、
「勿論さ。ただの中二な戯曲より、よっぽど有意義な時間になると思うけど?」
随分な言い分だな。いますぐハムレット愛好家に謝らねばならないだろう。
「なんだ、山都にも芸術に親しむ感受性が備わってきたのかと考えていたけど……見当外れだったようね」
心底呆れた、といった仕草で出辺が溜息をつく。
そんな出辺を透かして森が身を乗り出してきて、
「な? 瞬も〝仮面少女〟に会いたいよな?」
そうか? そもそも俺はそんな噂知らなかったし、寝るには打ってつけだと思って来ただけなのだが。
ふぅー、と出辺が長すぎる溜息で応じる。
「ま、瞬は男として変わってるからね」
納得したように森。
「男として? 人としての間違いでしょう?」
くつくつと笑って即座に出辺が。まったく手厳しすぎやしないか?
「まあ確かに人としてもマイノリティだね。でも、同性の僕からすると本当にキミって〝男〟が理解できないよ」
おお、長いつき合いなのに結構はっきり言ってくれるじゃないか。一体なにが理解できないって?
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