0人が本棚に入れています
本棚に追加
第1章 #2
「なんだってなんだ」
一辺倒だが、こういうしかないだろう。
「まったく瞬は……そんなもので隠して逆に恥ずかしくないのか? こんな開放的な温泉なんだ、僕たちも開放していかなきゃ、これから賜る湯に失礼、ってものだろう?」
べつに俺は実を言うと、というか言わなくても温泉になんか入らなくていいんだ。お前や駿河が無理矢理引っ張ってくるから……。
「……わかったよ」
俺はタオルを籠に投げ入れた。これ以上なにを言っても無駄なのはわかりきったことだ。ここで時間を浪費するより、とっとと浸かってとっとと出発して目的地に到達できずにビバークしたほうが、まだ有意義だというものだ。
満足げな森と、そんなに自信がないのだろう、ちゃっかり腰にタオルを巻きつけた申戸らとともに、俺はついに脱衣所の扉を開いた。
「――おおっ!」
感嘆の声を漏らしてしまったのも無理はない。視界には「千人風呂」の名に恥じぬ巨大な湯船が広がっていたからだ。
「へぇ……なかなかじゃないか」
森も嬉しそうに呟いている。と、不意にレフ板が上がるような音が耳許でした。まさかと思って見てみると、
「いい素材だ」
などと言いながら、シャッターを切りまくっている申戸。「ニコりん」を浴槽に投げ捨ててやりたくなるが、いっしょに心中しかねないので堪えることにする。申戸のためじゃない、俺だって地元が過疎るよりは潤ってほしいと思うのだ。
「あの彫刻がステキもす」
「わたくしもいまそう感じていたところです……!」
ぶひぶひ、と鼻を鳴らしながら写真を取りまくる。門部の言うように、浴槽にはいくつかの黒い像が顔を出していた。女性の体を艶かしく描いていて妙に蟲惑的だ。垂れ込める湯気の厚いヴェールがそう感じさせるのかもしれないが。
「……まあいい」
俺はもう放っておくことにして、硫黄の香りの源へと向かう。と、
「ちょっと待った」
なんだ、またおまえ……
「かけ湯をしなきゃいけないだろ?」
ほう、そういえばそれがマナーなんだったな。
見れば「冷湯」と書かれた冷たいんだか熱いんだかわからない看板があった。とりあえずその壷から溢れ出る湯をかける。たしかな「湯」だった。温かい。
「……よぅし」
俺は毅然と湯に足を突っ込んだ。……うむ。熱い。これは沁みるぜ。
最初のコメントを投稿しよう!