第1章 #2

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 口笛を吹きながら「逃避」を謳歌している森。ちなみにこいつを始め、駿河も出辺もまだ一年だというのに全国模試で百位以内に入っている。俺と大学は別々になることはこの時点で間違いはない。それだけは胸を張って言える。そう考えれば、俺と森がここにいる意味というのはまったくの別物であると断定できる。つまり、森にとってはここに来ていることが「逃避」などではけっしてなく、よく言うところの「息抜き」であったり、自分でそう言ったように「青春」と置換するのがふさわしい。とすれば、「楽」と「楽しい」の分断も森だからこそ妥当するのだ。  ここまで考えて、俺は理解する。俺にとってのいまは「青春」ではなく、それこそ「そんなことやってる暇があったらとっとと家に帰って勉強しろ!」と親や教師にどやされる類のそれ以外のなにものでもないということを。それなのに…… 「ああ、辛い、しんどい、全然楽しくない……」  足が重たい。沢など人間のとおる場所ではない。魚のテリトリー(テリトリー。)だ、ここは。  これでひとつ証明された。「楽」=「楽しい」はあったとしても、「逃避」=「楽」はないのだと。逃げているのに辛いってどういうことなんだろうな。そうか……これが俗に言う「生き地獄」というやつなのか……!   ついに俺が自分のいまの現状を形容するにぴったりの言葉を見つけたとき、 「おっ、滝が出現じゃぞいっ!」  先頭のほうから駿河の明るすぎる声が響いてきた。おい、なにをそんなに嬉しそうに。滝なんて忌避する対象であって出現を喜ぶようなものではないだろう。 「やっとここまで来たわね」  出辺がくそまじめ顔で地形図に目を落としている。俺も横から覗いてみる。……うむ。まったくわかりません! 読図のスキルなど皆無だからな。天気図だってろくに読めはしないのにこんなもの読めるわけがない。はぐれたらおしまいだ、となんとなくほかのやつらの頼もしさを感じてしまう。  滝といっても傾斜の緩いなめ滝だったので、まあ足許にさえ注意していれば大丈夫だった。こんなところでこけるのはよほどどんくさいやつだけだと思った拍子、「わわっ」と後方で慌てふためく声とともに盛大な水が舞い散る。  見れば門部のやつが団子のように丸くなって申戸らとともにこけていた。よかったな、カメラを持っていたら粉砕していたことだろう。
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