第1章 #2

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第1章 #2

「なんだってなんだ」  一辺倒だが、こういうしかないだろう。 「まったく瞬は……そんなもので隠して逆に恥ずかしくないのか? こんな開放的な温泉なんだ、僕たちも開放していかなきゃ、これから賜る湯に失礼、ってものだろう?」  べつに俺は実を言うと、というか言わなくても温泉になんか入らなくていいんだ。お前や駿河が無理矢理引っ張ってくるから……。 「……わかったよ」  俺はタオルを籠に投げ入れた。これ以上なにを言っても無駄なのはわかりきったことだ。ここで時間を浪費するより、とっとと浸かってとっとと出発して目的地に到達できずにビバークしたほうが、まだ有意義だというものだ。  満足げな森と、そんなに自信がないのだろう、ちゃっかり腰にタオルを巻きつけた申戸らとともに、俺はついに脱衣所の扉を開いた。 「――おおっ!」  感嘆の声を漏らしてしまったのも無理はない。視界には「千人風呂」の名に恥じぬ巨大な湯船が広がっていたからだ。 「へぇ……なかなかじゃないか」  森も嬉しそうに呟いている。と、不意にレフ板が上がるような音が耳許でした。まさかと思って見てみると、 「いい素材だ」  などと言いながら、シャッターを切りまくっている申戸。「ニコりん」を浴槽に投げ捨ててやりたくなるが、いっしょに心中しかねないので堪えることにする。申戸のためじゃない、俺だって地元が過疎るよりは潤ってほしいと思うのだ。 「あの彫刻がステキもす」 「わたくしもいまそう感じていたところです……!」  ぶひぶひ、と鼻を鳴らしながら写真を取りまくる。門部の言うように、浴槽にはいくつかの黒い像が顔を出していた。女性の体を艶かしく描いていて妙に蟲惑的だ。垂れ込める湯気の厚いヴェールがそう感じさせるのかもしれないが。 「……まあいい」  俺はもう放っておくことにして、硫黄の香りの源へと向かう。と、 「ちょっと待った」  なんだ、またおまえ…… 「かけ湯をしなきゃいけないだろ?」  ほう、そういえばそれがマナーなんだったな。  見れば「冷湯」と書かれた冷たいんだか熱いんだかわからない看板があった。とりあえずその壷から溢れ出る湯をかける。たしかな「湯」だった。温かい。 「……よぅし」  俺は毅然と湯に足を突っ込んだ。……うむ。熱い。これは沁みるぜ。
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