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第1章 #4
町娘をはべらす悪代官のようでちっともよくない。が、俺たちは瞑目状態のまま誘われ、身体を反転させられる。さすが「カムエク」の名を冠するだけあって急峻な山頂は一歩踏み外せば命はない。俺たちは互いの手と駿河の声を頼りに進み、やがて示された岩をよじって慎重に体勢を整える。
と、強風が顔を叩いてきた。足に力を込め、上体を持ち上げていくと、まぶたの向こうに鮮烈な光を感じた。
「さあ、開くのじゃ!」
言われたとおりに開眼する。
「おお……っ!」
嘆息が漏れた。こちら側はまるでターボ型の送排風機が設置されているかのように、徐々に充満していた濃霧が晴れていっていた。
現れる緑山の町なみは陽を受けて煌然と輝き、なかなかの壮観だ。真下にはテントサイトも設けられているコルが、深い緑のなかに沈んでいるのが見えた。
「お、その顔は感動を覚えているんじゃないのかな?」
「まさか」
俺は執拗に光を散らす町に両眼を眇めながら森を一蹴する。どうせ汚いんだし、そろそろ悠久の神戸を見倣って下履きを解禁せよ、と平均男子が陳情するわが高校はどこらへんだろうな? ああ、目が痛い。
「……感動を覚えるくらいなら英単語を憶えたほうがはるかに有益だろう」
ただし、憶えすぎは禁物だ。あくまでアベレージ。
「まったくつまらない男ね」
出辺がやはりつまらなそうに溜息をつき、
「いったいなんのために生きているの?」
おい、このまま飛び降りたくなるようなことを言うな。なんだそのしたり顔……、まさかそれが目的!? と、
「そんなこと決まっておるのじゃ!」
「おわっ!!」
突然出てきた熊に体当たりされたような衝撃が襲う。俺がよろけて本当に転落しそうになっていると、
「キンヤンはわしらといるためだけに生きているんぜよ!」
そんなわけあるか! というか、そんなにきつく抱きつくな、マジで危ない! と、さらに反対側から、
「やっぱりそうか! 僕もそうじゃないかと思ってたんだぁ~~!」
言うなり、
「むぎゅっ!」
胸に手を絡ませてくる森。
「そうじゃそうじゃぁ~~!」
「ほらほら、ずっとこうしてほしかったんだろぉ~~!?」
左右から巻きついた腕が交互に俺の腰を激しく揺すり、「くびれのほしいアナタに!」などという無責任な煽りにつられて体験ダンスレッスンに参加してしまった寸胴な女のみせる目もあてられないタヒチアンダンスのような動きを披露してしまう。
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