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人が殺された。
こんなとき、もしも事件調査を受け持つ機関があれば、我々はそこに連絡を入れるかもしれない。しかし、この世界ではこうするのだ。
「すいませーん! 本日ご宿泊のお客様の中で『探偵』の方はいらっしゃらないでしょうかー?」
ミルトンという大きな街への旅人が、翌朝の列車を待つためだけの小さな村。事件はその村で唯一の宿泊施設で起きた。
就寝していた人もいるであろう時間に響いた大声に、いったい何事かと宿泊客が集まってくる。
「夜分に申し訳ございません。少々問題が起きておりまして……」
客に丁寧に頭を下げている細身長身、曲がった蝶ネクタイの男は、この宿のオーナーだ。長旅の中継点として使われるこの宿には、寝不足で気が立っている客が多い。早速何人かの客は、先ほどの呼びかけに文句を言い出した。
その様子を一歩後ろで傍観する、紳士帽とコートの男。そんな彼に寝支度も半端な少女がパタパタと駆け寄る。
「ケイ、何かあったのですか」
問いかけた少女に目も配らず、ケイと呼ばれた男はただつまらなそうに一連のやりとりを見ている。
少女も仕方なくそれを眺めていた。
「なにが起きたんだ! いい加減現場を見せたらどうなんだ!」
野次馬の決まり台詞か、なかば何が起きたのかくらい想像がつくであろうに誰かがそう発する。
その一言がきっかけとなり、客たちは徐々にオーナーが守る部屋に押し寄せる。
「申し訳ありません! もし探偵の方がいらっしゃればご協力を……」
頼りないその身で入室を制しながらもなお、彼は呼びかけを続ける。
「探偵って……きっと中で何かあったに違いませんね」
それでも何も言おうとしない男に、少女は詰め寄る。
「……ケイ、返事ぐらいしたらどうですか」
めんどくさそうにケイと呼ばれた男が口を開いた。
「フィオ、墓穴掘りが呼ばれる理由くらい推測できるでしょう。それと同じことです」
現状に飽きたようにフィオと呼ばれた少女に向けられた男の声は、ただ嫌味に満ちていた。そのやり取りを聞いてか聞かずか、オーナーは彼らに向かって安堵の表情を浮かべる。
「お客様は……もしや探偵の方では?」
君のせいで話しかけられた。紳士帽から除くケイの目線はそう訴えている。フィオは慌ててそれを取り繕おうと一歩前へ出た。
「あの、なんだったら町の専属探偵とかに連絡しちゃだめなんですか?」
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