第1章

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 オーナーにそう問うた瞬間、フィオの頭を後ろからため息が撫ぜた。 「この町は所詮中継地点でもってる小さな町です。専属の探偵なんて居ないでしょうし、いたらとっくに連絡してるはずですよ」  地元民の前で、その地域をバカにできる神経の図太さを持ち合わせているこの男は、頭の回転だけは早い。 「なんだなんだぁ? 俺は『探偵』のガルト・ラヴロックだが、どうかしたのか」  廊下の奥からのしりとやってきた大柄の男は、自身が強調した探偵というものより、ベテラン軍人のような男だった。 「た、助かります! ええとそちらは……」  オーナーの目線が気まずそうにケイにむかう。仕方がないことに彼らが身分を偽ることは法で禁じられている。 「……私も探偵です。でも事件なのでしょう? その解決であればそこの大木が適任だと思いますがね」  大木と呼ばれたガルト・ラヴロックという探偵はいかにも不機嫌そうに顔をゆがめ、場に事件とは別の緊張感が立ち込める。 「お前、調査を辞退するなんてほんとに探偵かぁ? 言っとくが探偵業を行ってもないヤツがその職を語るのは重罪なんだぜ? 手帳を見せてみな」  ケイがポケットをいくつかまさぐり、ようやく取り出した紺色の手帳をガルトがひったくる。そしてそれを眺めると目を丸くし、次に腹を抱えて笑い出した。 「あっはは! これじゃあ俺様に頼りたい気持ちもわかるぜ!」  手帳のページを開いてオーナーにも見せ付ける。そのページにはひとつのサインと少しのメモが並んでいた。 「あんたも依頼するなら俺にしとけ。探偵の手帳の中身はな、簡単に言えば探偵が事件を解決したって証拠なんだよ」  ガルト自らも分厚い皮のカバーがかけられた手帳を取り出し、ケイのものと比べるように横に並べる。 「俺のにはサインが6つ。6件もの事件を解決した実力の証だ。だがこいつのはたったひとつだけ。これはこいつより俺のほうが優れているという証拠だ」  ガルトが乱暴に放ったその手帳は床に落ち、ケイはそれをゆっくりと拾い上げる。 「まぁ、まれに間抜けな探偵がなくしちまうんだが、見る限りそのサインの日付は20年近く前のモンだ。その間一件も仕事できていないって訳だつまり」  ありったけのにらみをきかすと吐き捨てるように言う。 「――とんだ能無しだ」
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