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今日は月に一度開かれるフリーマーケットの日、有志が持ち寄った売り物は多岐に渡るけれど。
そんな中でも一際目を引くのは、毎度紫のシートを広げる老婆。
私は老婆の店の前で立ち止まり。
「こんにちは、晴れて良かったですね」
「えぇ、本当に」
柔らかく笑う老婆に思わずクスリとしながら、私は紫のシートに並べられた品々を眺める。
薄汚れたぬいぐるみ、古ぼけたスーツケース、年季の入ったオルゴール、拳大のカプセル、鍵の掛かった本。うん?
「この鍵は本のものですか?」
やけに薄汚れた鍵がポツンと置かれているのが気に掛かり、老婆に訪ねる。
「いえ、それはただの鍵ですよ。あたしにも使い方がサッパリでね」
まぁ、要らないモノを売るのがフリーマーケットだ。そういうモノもあるのだろう。
「これ、お幾らですか?」
「百円くらいかねぇ」
「じゃあ、はい」
用途は分からないが、何故か欲しくなったんだ。手に取ってみると思った以上に軽い、プラスチックか何かだろうか。
服の肩辺りで軽く擦ってみると、元々の色は鮮やかな桃色をしていたのだろう事が伺える。
「気に入ったかい?」
「はい、何故かは分かりませんが」
老婆に声を掛けられ、私は夢中で鍵を眺めていた事に気付き苦笑いを浮かべる。
鍵をジーンズのポケットに捩じ込めば立ち上がり、他に目ぼしいものは無いかと他の店も冷やかして回る。
だがその日は鍵以外に気になったものも無く、私は昼前には家へと帰る事にした。
「さて」
家へ帰ってから私はすぐに風呂場へと向かい、ポケット取り出した鍵をシャワーで軽く洗ってみる。
プラスチックで出来た、女児が遊ぶような可愛らしい桃色の鍵。それが何故私の琴線に触れたのかは分からない。
それに――私はこの鍵を知っている気がした。
じっと見詰めてみても、裏返してみても、さっぱり何も思い出せはしないが。
その玩具の鍵を手にリビングへ戻り、何処に仕舞ったものかと考える。私は独身だし、良い歳した男の持ち物には少し気持ち悪いだろう。
そこでふっと、小さな箱があったのを思い出し引き出しを開くと。その箱には、鍵が掛かっていた。
玩具の桃色の鍵が。
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