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「大変大変ッ!」
淡い桃色のセミロングヘアー、瞳は火の気に偏ったルビールージュ、ぼってりとした野良着じみたスカート、いたくファンシーな格好をした少女が慌てた様子でバーに躍り込んできた。
身長が成人男性平均の腰ぐらいしかない。
「……うちの『お茶の間ドッカン娘』が騒いでますよ」
ウィルがやる気のない目で俺を見る。
「嫌な予感がするな」
俺も眉を顰めてそう返す。
「ちょ――どいてッ!」
『おわッ!?』
少女は男共を体当たり気味に突き飛ばして、カウンターまで駆け寄ってきた。
「大変、大変なんだってばッ!」
少女がウィルと俺を交互にみやって訴えた。
輪郭線が甘く、ルビールージュの瞳はパッチリとしていて、鼻にかかった「ほにゃほにゃ」とした声に合わせて滑舌が鈍い。
全体的に甘ったるい雰囲気を漂わせている。
「ごめんなアヤ、俺達いま、あんまり聞きたくない気分なんだ。お前の話」
俺は袖を引く少女に愛想笑いを浮かべて言った。
この少女はアヤ・クレセントと言う冒険者の商人で、少女のような見た目をしているが、中身は歴とした十九歳だったりする。
「ホントに大変なの! 不味いことになってゥんだかァ!」
興奮すると鈍い舌のせいでラ行が上手く言えなくなり、周りや相手の状況と言うものが全く目に入らなくなるという悪癖を持ち合わせている。
「なにがどうなってゥんですか」
ウィルがアヤの口調を真似して聞いた。
「ちょっとまって――はぁっ、はぁっ――んっ……」
薄い胸に手を当てて息を整えたアヤが、ウィルのグラスに目をつけて手を伸ばした。
ウィルがサッとグラスを持ち上げて回避する。
次いでこちらに伸びた手を、俺もサッと回避した。
「アンタァ冷たい!」
「お前さんまだ未成年でしょー」
ウィルが子供をあやすように言う。
「あによう! 泥棒猫と発情犬!」
ウィルと俺のことらしい。
目利きが勝負の商人を生業としているだけあって、彼女の感性は中々に鋭い。
ウィルの性格は猫に似ていて、俺の行動原理は犬に近い。
しかし、発情というのは心外だ。
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