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「――で、アヤ。一体何が大変だ? こっちもお客さん待たせてあるから、割り込むんなら手短に」
俺はアヤに目配せをして背後に控えるお客様の列を教えてやった。
振り返ったアヤに、男共がそれぞれ凄みを利かせた顔をする。
「は、ハァイ……」
アヤは頬を引きつらせつつも満面の営業スマイルを浮かべるという、見事な商人魂を披露した。
「二人とも手を貸してッ!」
彼女はダンスのターンよろしく体を回しこちらに向き直った。
ウィルと俺は顔を見合わせ、二人で空いている方の手を差し出した。
アヤがその手を取る。
「両手に男子……えへっ」
「『えへ』じゃねえよ。お前さん一体、何がしてえの?」
ウィルがやる気のない目でつっこむ。
「だから違うくって――手を貸して欲しいの! もうすぐ魔物がこっちに来ゥんだかァ!」
アヤの魔物発言に、取り囲むゴロツキ共がどよめいた。
「マモノって……魔物の事か?」
俺は唐突な彼女の言葉を一瞬何かの比喩表現かと疑い、隣のウィルに目をやった。
ウィルはエメラルドグリーンの瞳を虚空に流し、やがて何かを思い出したような顔つきになった。
「あー、そういやお前さん方、今日は魔物の討伐依頼を受けてたっけな。何、なんかトチった?」
「アタシ達はトチってない! 討伐に参加してた他の徒党(パーティ)が決壊したのよ。市街に出現した魔物が予想以上に多かったの。人出が足りないって言うんで今――」
――ドゴォッ!
腹に響く轟音がアヤの言葉を遮り、バーの扉が店内にぶっ飛んで来た。
『どぁああああッ!?』
洒落か偶然か、ゴロツキの一人が叫び声を上げて扉の下敷きになる。
バーの入口に、人間のものとは思えない馬鹿デカい握り拳が構えられていた。
「ふ、二人を呼びに来たんだけど……一匹ついて来ちゃってさあ」
アヤが「テヘッ」と笑って小さな舌を出した。
バックヤードから首をのぞかせた店主の顔が青い。
「マスター、これ落し物。ここ置いとくから、好きにしたって」
ウィルがスリ取った財布をカウンターに乗せるという優しさを見せた。
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