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深谷槙子は書いていたという。
忘れないで・・・・と。
僕は思っていた。
『だけどね深谷、そいつはきっと君のことなんて忘れてしまうよ。君が命を懸けてまで残したかった気持ちだって、時がたてば色褪せてしまう。
人は皆、自分に都合のいいことしか覚えていかない。何故って?
・・・・そうしなければ自分が、生きていけないからさ。
深谷、同じように「恋」に取り込まれてしまった僕たちは、あんまり他人を、信じすぎていたのかもしれないね』
僕は、忘れな草の小さな花束を川面に投げた。花束はゆるやかな線を描いて、彼女の胸元へ落ちていった。
僕は、決して彼女のことを忘れないだろう。いや、忘れられないのだ。
深谷、また来るよ、と僕は呟いて・・・そして歩き出した。
乾いた風が少しだけ目にしみて、涙が落ちそうになる。
街は、深谷槙子を無くしたまま、穏やかに、そして爽やかに初夏へ向かおうとしていた。
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