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「だから私は、もうこれ以上は望まない。
どんな小さなことも。
……ずっと、そう思っていた。
……でも、そんなお母さんに、さらに綾ちゃんは、希望をくれるのね」
「……え?」
「気付いていないと……隠せていると、思っていたの?
お母さん、知っているのよ……
お母さんが死んで、平静でいられないのは、何も文也さんだけじゃないってこと。
……綾ちゃんが、お母さんに死んでほしくないと、本心で思っていること」
その言葉にはっと綾は表情をこわばらせた。
思わず義母を凝視すれば、弱々しく閉じられていた瞼が開いて、静謐な瞳がやわらかな笑みをもって綾のことを見つめる。
否定、しなくては。
その瞳を前にして真っ白になった頭の中で、綾は必死にそれだけを思う。
今の言葉を『リコリス』に聞かれたらまずいことになる。
綾は監視官であって、決して二人に入れ込んではいけないということになっているのだから。
本心で二人を慕っていても、公の場では冷酷に刃を振り下ろす掃除人でいなければならない。
それができなければ、二人はその場で殺されてしまう。
いつどこで誰が『リコリス』として動いているのかは分からない。
綾が『子供』という形で常に二人に張り付いているから二人の自由と命は保証されている。
つまり綾に『役目』を遂行する能力がなければ、二人の自由と命は保証されない。
否定しなくては。
いつどこで誰に聞かれているのか分からないのだから。
現在(いま)のこの国で『リコリス』の目をかいくぐることなど、不可能に近いのだから。
「何を、言ってるの……」
でも、言いたくない。
理性は納得しても、心が悲鳴を上げる。
唇が震えて、言葉が出ない。
「私は……あなたのことなんて……」
大好き、だから。
「いいの。言わないで」
そっと、義母の人差し指が綾の唇に乗せられていた。
どこにそんな体力が残っていたのか、義母はいつの間にかベッドに身を起して綾の方に乗り出してきている。
義母の娘になってからずっと低かった義母の目線が、初めて綾と同じ高さに並んだ。
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