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「言ったでしょう?
もう、これ以上はどんな小さなことだって望まないって」
初めて間近に見る義母の瞳は、わずかに緑がかっていた。
まるで深い森の色のようだと綾は思った。
「綾ちゃんの立場は、文也さんに聞いて知っているわ。
だからね、お母さんが……私が、あなたに思っているだけのことを、返してもらえなくてもいいの。
口に出してくれなくて、いいの。
……だから、もしそれが私の勘違いなのだとしても、勘違いしたままにしておいて。
そう錯覚できるだけで、私は綾ちゃんに幸せにしてもらっているのよ。
その錯覚さえもがすでに我が儘なのだということは、分かっているのだけれど」
義母はやわらかく、でもどこか悲しげに笑った。
「私ね、ずっと娘が欲しかったの。
でも、体が元から弱かったから、絶対に文也さんとの間に子供はできないって分かっていた。
だからね、綾ちゃんが私達の子供として私達の所に来てくれた時、とっても嬉しかったのよ」
その言葉に綾はこれ以上ないほど目を見開いた。
「たとえそれが私達を監視するためなのだとしても、ここにいるだけでこんなにも可愛らしい娘が私を見舞いに来てくれる。
……お母さんって、呼んでくれる」
ずっと、不思議だったのでしょう?
義母は、幼子のように澄んだ瞳で綾を見上げた。
「私達があなたに憎しみをぶつけない訳が。
……だって、憎めなかったんだもの。
私も、文也さんも。
私は、娘ができて嬉しかった。
文也さんはあなたに同情していた。こ
んな小さな子が掃除人にさせられるなんてって」
これ以上、何も望まないと決めていた。
一番欲しかった文也を、自分は手に入れた。
だから、他はいらないのだと。
だというのに、それ以上に自分の望みはかなえられた。
白い小さな監獄で、自分は絶対に手に入れられないと思っていた望みを手にできた。
天は自分を、どれだけ我が儘にしたら気が済むのだろうと、あの時確かに思ったのだ。
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