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「あぁ……私は、幸せね」
するりと、義母の細い腕が綾の肩に回る。
そのまま抱き寄せられて、綾は義母の腕の中に納まった。
義母の体温は綾よりずっと低いのに、その腕の中はとても温かい。
どうして、こんなタイミングで、そんなことを言って。
どうして、こんなタイミングで、こんなことをするの。
唐突に視界が歪んだ。
見開いたままだった瞳からぽろぽろと雫がこぼれ落ちていく。
問いの答えは、もう分かっていた。
相方は、何も自分には教えてくれない。
上官も、義父も、医師も。
義母自身は、きっと周囲には何も聞かされてはいないはずだ。
人質に自身の未来を伝える義務など、『リコリス』にはないのだから。
義父は義母を気遣って、何も言えないに違いない。
それでも、分かってしまうことがある。
明確な数値や情報がなくても、自分の感覚と勘で、読めてしまう未来が、確かにある。
義母はもちろん、綾にだって。
「だからね、信じているの。
愚かだと嘲笑っても、それも我が儘ではないかと罵ってもいい。
それでも、言わせてちょうだい。
……初めからあなたのことを疑ったことなんて一度もないのよ、綾ちゃん。
あなたは、私の最期の我が儘をかなえてくれた、私の大切な娘」
たとえ最期の瞬間に目に映るものが、自分に引き金を引く綾の姿だったとしても。
母として、自分の娘を愛する気持ちは変わらない。
我が儘をかなえてくれたという事実は消えない。
「だから、自分が傷つくようなことをわざと言ったりしないで……ね?」
私の人生は、とても幸せで満ち足りたものだったのだから。
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