ー掃除人と夢で見た空ー

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「夢を、見るんだって。  とっても幸せだけど、でも、少し悲しい夢」  揺れてかすれる聞きとりにくい声で、綾は龍樹の胸に顔をうずめたまま話し始める。 「お母さん、空を飛ぶんだって。  何も遮るものがない、綺麗で、広い空を」 「……ああ」 「でもね、お母さん、お父さんが隣にいないから寂しいんだって」 「……そうか」  綾は小さく鼻をすするとキュッと手に力を込めた。  小さな手に握りこまれたシャツに皺が寄ったのが見なくても分かる。  それでも、龍樹は文句を言わなかった。 「たっちゃん、どうしよう……」  綾は幼子のように呟く。 「このままじゃ、お母さんどっかに行っちゃうよ……っ!!」  悲痛な叫び声に龍樹は目を細めた。  綾は、分かっているのだ。義母に死期が迫ってきていることを。  綾と違い龍樹の元には様々な情報が集まってくる。  その中には綾の義母に関するものも入っていた。  だから龍樹は、多分綾よりも多くの情報を握っている。だがそれを綾に伝えたことはない。 「どうすればいいの……っ!?  どうすればお母さん、綾の所にいてくれるの……っ!?」  もって、半年。  それが綾の義母、春日(かすが)に残された時間だ。  綾はあと半年で、また身内を失うことになる。 「ねぇたっちゃん、たっちゃんは難しいこといっぱい知ってるでしょ?  いつも難しいことにも、ちゃんと答えてくれるでしょ?  だからこのことだってきっと、いい作戦があるんだよね?」  綾が実の両親のように義母・義父を慕っていることを知っている。  だからもう、あの時のような思いを綾にさせたくはなかった。  だからずっと、黙っていた。  でもそれは、龍樹の自己満足にしかならなかったのかもしれない。 「ねぇたっちゃん、その作戦、綾にも教えて? ね?」  昔の、ただの無邪気な綾だったころの口調で言い募る綾の顔を龍樹は無理矢理上げさせた。  涙の膜が張っている色素の薄い瞳を正面から見つめて龍樹は唇を開く。 「あーちゃん」  それは、古い名前。  ただの無邪気な少年ではいられなかった、だが人生で初めて『幸せ』という感情を知った頃の自分が使っていた綽名(あだな)。 「あーちゃん、僕にはね、分かんないんだ」
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