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綾の口調にあわせて龍樹も幼いころに使っていた口調を持ちだす。
あの頃よりも低くて、感情がこもるようになった声で、諭すようにゆっくりと言葉を紡いでいく。
「多分僕には、あーちゃんのお母さんを止めるとはできない」
その言葉に綾の瞳が大きく揺れた。
綾にも、そのことは分かっているのだろう。
でも受け入れたくないから、龍樹に否定してもらいたがっている。
「生まれ持った命が一つだけという常識があるのと同じように、どれだけ抗っても死は避けられないものなんだよ」
だからね、あーちゃん。
「あーちゃんが考えるべきなのは、あーちゃんのお母さんに残された時をどうやって一緒に過ごすかなんだと、僕は思うよ」
実の両親を龍樹は知らない。
だから親を慕うという気持ちを本心から理解することはできないのかもしれない。
それでも、綾の実父達に育てられ、今まで綾の心を誰よりも身近で感じてきたから、言うことができる。
「あーちゃんのお母さんは、少しでも長くあーちゃんと一緒にいたいんだと思う。
あーちゃんのお父さんも。
……だから、あーちゃんのお母さんの死をあーちゃんが怖がって、『お母さんを助けるため』っていう逃げ道を使ってそのことに向きあわないのは、一番いけないことだし、一番あーちゃんのお母さんを悲しませると思う」
自分でも不器用だと思う。
もっとましな言葉があるだろうに、今の龍樹にはその言葉が見つからない。
いつもそうだ。
リコリス幹部を黙らせるためならいくらでも口が回るのに綾が相手になると途端に回転が悪くなる。
「……たっちゃんは、知ってたんだね」
自分に舌打ちしたい心境にかられる龍樹に綾は密やかに呟いた。
「お母さんが、もう助からないことを」
一瞬、龍樹はその言葉を否定しようとした。
だが溜め息と共に出てきた言葉は考えていたものとは全く別の物。
「ああ」
「知ってて、黙ってた?」
「ああ」
「いつから?」
「春日さんが入院して、数カ月たった頃から」
つまり綾が養子になった直後から。
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