ー掃除人と夢で見た空ー

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 綾にそのことで問い詰められたことはない。  だから龍樹はここまで嘘をつかずに済んだ。  問われないから言わない。  その理屈で自分を納得させていた。  でもそれは…… 「怒っていいぞ」  ただの、ズルだったのかもしれない。 「ううん」  綾はその言葉に首を振った。  高く結った髪がふわりと横に広がる。 「ありがとう」 「……礼を言われる筋合いはない」 「だって気を使ってくれたんでしょう? 私に」 「……俺の、ただのエゴだ」  小さく呟いて視線を逸らす。  それに綾がクスリと笑ったのが分かった。 「ねぇたっちゃん。一つ、訊いてもいい?」  龍樹は視線を逸らしたまま答えない。  それなのに、綾は勝手に問いを口にした。 「人は死んだら、どこへ行くのかな?」  綾が問いを口にしたら答えてやらなくてはいけない。  それは昔、龍樹が勝手に作ったルールだ。  答えてやらないと綾は癇癪を起こす子供だった。  そしてその性状は今になっても変わっていない。  自分の穏やかな日々を守るために龍樹は頭を使って綾の問いに答えてやらなくてはいけない。  昔から、考えることは龍樹の仕事だったのだ。 「どこ……か………」  人は死んだら終わり。  次もなければどこもない。  死んだ先に待っているのは無だ。  龍樹はずっと、そう思ってきた。  だが今だけは、そう思いたくなかった。 「空へ、帰るんじゃないか?」 「そら……?」  綾は目をぱちくりさせた。  龍樹ならもっと現実的なことを言うと思っていたのか、それとも綾の考え方も龍樹と同じだったのか。 「ああ。遮るものの何もない大空に憧れを抱いていた春日さんなら、尚更」 「空、か……」  綾は少し考え込んだようだった。  でも最後は、いつものようににっこり笑った。 「そうだといいね」
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