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白は嫌いだ。
力のない色のくせに、こんなにも人を不安にさせる。
すぐにどんな色にでも染まって汚れてしまうから、汚すことが怖くて身動きが取れなくなってしまう。
その色に塗りつぶされた部屋の中で、綾(あや)はぼんやりとそんなことを思っていた。
「……たっちゃんみたいな言い回しになっちゃった」
今は隣にいない相方であり幼馴染である青年を思い浮かべて、綾は微かに苦笑した。
こんな抽象的で難しいことを考えるのは、龍樹(たつき)の仕事であって綾の領分ではない。
それなのにそんなことを思ってしまったのは、今ここに彼がいない不安を少しでも紛らわそうとしたせいなのか、それとも彼の癖が知らない間に移ってしまったせいなのか……
「……お母さん、どう思う?」
ベッドの中で身じろぎ一つせず眠る義母(はは)へ綾は語りかけた。
この真っ白な部屋の中で唯一、白以外の色を纏った彼女は綾の言葉にも反応を示さずに眠り続けている。
その様に綾はほろ苦く笑った。
先の少子化の時代に取られた政策の反動で、人口が爆発的に増加したこの世界。
そんな中で義母のような人間が生かされているのは、実は珍しい。
世に無益と判断された人間は『掃除人(そうじにん)』と呼ばれる政府直属の殺し屋に片付けられていくのが常だ。
義母のように病状が末期まで進み、医者でさえ匙を投げる病人が片付けられずに生きているなんて、まずあり得ない。
それはまだ義母に、世間に益を出す何かがあるという証でもあった。
「…………」
美しい横顔を見つめたまま目を細め、綾はわずかに瞳を伏せる。
義母は、義父(ちち)の人質だ。
義父はかつて、稀代の掃除人と呼ばれた屈指の殺し屋だった。
『血濡れの彼岸花』と言えば掃除人でさえ恐怖を抱かずにはいられない存在だったと聞く。
だがそんな義父はある日、唐突に消息を絶ち表社会からも裏社会からも姿を消した。
義父は血濡れた刃を捨て、一人の女を選んでいた。
その女こそが、今綾の目の前にいる義母だ。
「……二人で逃げるのは、大変だっただろうに………」
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