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現在(いま)を生きるためには、理由がいる。
ただ生きるためだけに、誰もが納得する、明確で普遍的な理由がいる。
ただ漫然と時間を消費していることは許されない。
それが明確に世間様の役に立っていると認められなければ、そのモノに流れる時間は強制的に止められる。
そんな浪費を許していられるほど、今のこの国には余裕などないのだから。
かつて世界一治安の良い国だと言われていたこの国は、今や世界で一番生きていくことが難しい国となった。
この世界は歪んでいる。
誰もが世間の役に立つ人間という立場を持ち、何かの役割を果たさなければ生きていくことさえ許されない。
そういった優良な人間を生かすために不良な人間は片付けられていく。
不良な人間が消費していたもろもろの物資を優良な人間に回すことで、何とか均衡を保とうとしている。
人口数、出生数、死亡者数、人口増加率
必要数より減ってしまえば増やし、必要数より増えてしまえば減らすだけ。
国の上層部にとって、国民(自分達)などただの数値でしかない。
そこに感情など、ひと欠片も存在しない。
誰もが思っていて、でも誰もが口には出せない。
だって口に出してしまえば、『片付けモノ』という烙印を押されて、片付けられてしまうから。
それこそ、清掃業者がほうきとちりとりでそこらに転がる紙くずを掃き取っていくような気やすさで。
綾の心の奥にもその思いは巣食っていた。
その思いは掃除人になって『片付けモノ』を処理していくたびにかさを増していった。
はち切れそうな、あるいは潰されそうな思いを抱えて、綾は血濡れた刃を振るっていた。
思えばあの頃の自分が、一番危うかったと思う。
そんな時だった。義父と義母の元に派遣されたのは。
「ごめんなさい……」
二人にとって綾は邪魔者以外の何者でもなかっただろう。
だが二人がそういった感情を綾に向けたことは一度もない。
二人は綾を本物の娘のように大切に育ててくれた。
独りぼっちになって、己が死ぬか人を殺すかという選択をいきなり迫られて。
今まで知らずにいられた世間の闇を一気に見せつけられた綾にとって、その温もりは何よりも嬉しいものだった。
でも同時に申し訳なくって、不思議でもあった。
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