ー掃除人と夢で見た空ー

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「こんなことを言っちゃったら、いい歳して何言ってるのって言われてしまいそうだけど……」  綾の問いに、義母は恥ずかしそうにはにかんだ。 「夢の中に文也(ふみや)さんがいなかったことが、とても悲しく感じられて」  義父の名前に、綾ははっと目を瞠った。 「いつもいつも、文也さんはお母さんの隣にいてくれたから…… ……夢を見ていると分かっていても、隣にいてくれないというのがとても不思議で、悲しくて……」  すうっと義母の視線が天井に引き寄せられる。 まるで天井を見透かして、その先にある青空を見つめるかのように。 「馬鹿な望みだと分かっていても、迎えに来てほしいと、思ったの……」  綾は一度瞳を伏せた。  義母は、決して我が儘など言わない。  我が儘どころか、己の望みや意見を口に出すことすら稀な人だった。  いつも義母に何かを提案するのは綾や義父の仕事で、大抵義母はその提案に『では、それで』と素直に首を縦に振る。  この病室で飲む飲み物にだって希望を出したことはない。  己を質に取られていることに対する遠慮や罪悪感というものもあったのだろうが、元からあまり主義主張を持たない人間だったのだろうと綾は思っている。  そんな義母が、初めて発した、望み。  だが綾は、その望みを叶えることはできない。  その現実と義母の言葉を噛みしめて、綾は数秒で全ての感情を押し隠す。 「迎えに来てくれるよ、きっと。お母さんがどこにいても」  全てを隠して、選んだ仮面は微笑。  少しでも安らぎを与えられるようにやわらかい声音で、言葉だけは嘘偽りのない本物を紡ぐ。 「だってお父さんはお母さんが大好きだもん。  きっとお父さん、お母さんがいなかったら生きていけないよ?」  だから、早く元気になろうよと綾は笑いかけた。  そんな綾に義母は道化じみた仕草で首を傾げてみせる。 「そうかしら?  お母さんがいなくなってすぐに新しい女連れてきたら、綾ちゃんはどうする?」  文也さん、イケメンだもの。  今までだってどうして他の女になびかなかったのか不思議なくらい。  女の方からじゃんじゃん寄ってくるんだもの。  お母さんがいなくなってお荷物がなくなったら、きっとすぐに新しい女連れてくるわよ~? 私の四十五日が終わるより早くにね。
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