6人が本棚に入れています
本棚に追加
義母は本心なのか冗談なのか、柔らかい微笑みを浮かべたまま、ほそいながらも軽快な声で戯れるように言葉を紡ぐ。
「もうっ、そんなことあるわけないでしょっ!!」
今度は表情を取り繕う余裕もなかった。
怒り四割呆れ五割、その他一割という微妙な表情が表に出てしまう。
握っていた義母の手をベッドに戻してから両手を腰にあて、義母の方に乗り出して綾は義母をしかりつける。
「お父さんがお母さん以外の女になびくはずがないじゃないっ!!
お父さん以上に一途な男なんてそうそういやしないんだからっ!!
信じらんないくらいの美人が百発百中で男を落とす秘儀をもってお父さんに迫っても、きっと『鬱陶しい』の一言でバッサリ切り捨てるよっ!!
絶対っ!! 私の保証付きっ!!」
口調こそ義母に合わせて冗談めかせたが、口から出た言葉は全て本心だった。
それくらい惚れ込んでいたからこそ、国を敵に回した喧嘩を売れたのだ。
情に流されることのない掃除人の心をここまで動かすことのできる人間がそうひょいひょい現れるはずがない。
掃除人とは本来、人間としての心を持たないモノが、最後に流れ着く、寄せ場のようなものなのだから。
義父がどんな経緯で掃除人になったのか、綾は知らない。
だが今の義父がとても人間味にあふれた真人間であることを、綾は知っている。
それこそ、掃除人などという身分に似つかないくらいに。
ここまで義父の心を豊かにしたのは、義母以外の何者でもないだろう。
そうでなければ自分が『リコリス』から教えられた義父の姿と今の義父の姿がイコールで繋がらない。
それに、義父が『リコリス』に戻った経緯も、義母への思いの深さを裏付けていると思う。
自由になった人間が再び鎖に繋がれる苦痛は、完璧ではないかもしれないが、綾にだって想像できる。
だがその苦痛を背負ってでも、義父は義母を助けることを望んだ。
半端に想っていたのならば、義父は義母を見捨てることだってできたはずだ。
裏の世界に戻る前に義母を殺して、自由の身になることだってできた。
病院に義母を担ぎ込んだ時、そこにいたのは数人の掃除人だけだったと聞く。
ならばいくら非武装状態であったにしろ、義父ほどの腕前ならば何なく事情を知る物を全員闇へ葬り去ることができたはず。
最初のコメントを投稿しよう!