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「私とお父さんを信じられないっていうのっ!?」
その情が、綾には眩しくて、羨ましくて、同時に苦しい。
そんな深い情を、誰かが自分に向けてくれる時が来るのだろうかと渇望するのと同時に、自分にはそんな情を向けてもらう資格なんてないとも思う。
だって自分はいわば、義父と義母の間のその情を、断ち切るためにここにいるようなものなのだから。
「冗談よ、綾ちゃん」
その現実を義母に分かってもらいたくて、同時に胸を占める矛盾した苦しみを吐き出したくて、ひたすら必死になって言い募る。
そんな綾に、義母は小さく笑った。
「文也さんが私を失ったら生きていけないということは、本当はお母さん、きちんと分かっているの。
だって、浮雲だった文也さんを地上に引きずり落として、もう二度と空には戻れないように『私』という鎖で地上に縛り付けたのは、他でもないお母さんですもの。
……空を忘れた浮雲はね、もう空には帰れないのよ」
夢の続きを望むかのようにそっと瞳を閉じて、義母は常にない不穏な言葉を、常のような静かな声で紡ぐ。
「お母さん、我が儘だから……
文也さんの自由を奪うことになると分かっていても、自分から死ぬことなんて、できなかった。
それが唯一、文也さんを解放する道だと知っていても。
……どんな形でも、お母さんはね、自分から文也さんとの別れを選ぶことなんて、できなかったのよ」
お母さんの人生最大の我が儘はね、綾ちゃん。
文也さんと生きることを、選んだこと。何もかもを捨てて。
そして文也さんの全てを奪ったこと。
……文也さん自身は、自分の選択だというかもしれない。
でもね、お母さんとさえ出会わなければ、文也さんはこんな人生を歩むことはなかった。
『リコリス』実動部隊最高位『赤』の称号を持つ掃除人。
その栄光を、『血濡れの彼岸花』と呼ばれたその畏怖を、地に堕とすことなんてなかった。
孤高の最凶を、ここまで弱々しくすることなんて、なかった。
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