二章

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離れていたとはいえ、かなりの距離である。 とても放った相手が女だとは思えない。 だがその背中には弓がしっかりと背負われている。 「くそっ、ここは葛葉の領だったか!今一歩だったところを…し、仕方ない、引き揚げるぞ!」 「待ちなさい!!」 慌てて逃げ出す野武士たちを追って、女以外の馬に乗った男の若衆たちは馬の頭を向ける。後に残った信猛がまだ警戒心を解くことが出来ずにいると、女は静かに下馬して歩み寄り声を掛けた。 「大丈夫でございますか?」 「あ、いや…忝い」 「もしかして、貴方は左宮信猛様では?」 「あ、あぁ…無論、わしは左宮信猛じゃが。そなたは如何なる御仁か?」 「申し送れました。わたくし、葛葉衆が頭領、稲生正盛(いのうまさもり)の娘、稲生陽菜(ひな)でございます」 「稲生殿の…では、先程の奴らは葛葉の者では?」 「違います。葛葉の者は、不意打ちなどでいきなり襲ったりする卑怯な真似は致しません」 「それは失礼した」 「左宮様、そちらの方は?どこかお怪我でもなさって…」 「先ほどの不意打ちで…あ、いや、大事はござらん。ご心配されずとも…」 「いいえ、僅かな怪我でも油断はなりませぬ。葛葉領での出来事でもございますし、左宮様方が怪我をなされておいでですのに手当てを施さぬわけにはいきません。葛葉の砦まではそう遠くはありません。すぐに参りましょう」 そう促す陽菜に信猛は歯切れが悪くなる。 晴祥と葛葉の関係である。表立って敵意は両者にないものの、葛葉の者達はそうは思わないであろうと配慮したからである。 怪我をしたのが晴祥だと気付いてくれない方がいいと思い、申し出を断るような雰囲気を見せている信猛に、空気を察した陽菜は続けた。 「怪我人に敵、味方も関係ございませぬ。万が一の事あらば、わたくしがあなた方をお守り致します。お怪我をなさっている葛城のご一門の方を助けず、葛葉領から追い返したともなれば、両家にとっても好ましくありません。どうぞ、わたくしを信用してくださいませ。今はこれしか左宮様にお伝えする事ができませぬ」 その言葉に揺るぎ無いものを感じとった信猛は漸く重い腰を上げる。 「…解った。では、陽菜殿。葛葉に世話になろう」 「お任せください」 その日のうちに葛葉衆から晴静の下に報もたらされた。
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