一章

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ただそれでは何の解決にもならないし、そこに逃げ込むのは弱い人間がやることだと考えていた。 「甘いのかな、わたしは…」 苦笑いをして呟く晴祥。 その晴祥の言葉に追加するかのように 背後から声が聞こえた。 「確かに甘い。だがそれは若さゆえの甘さだ、今は目の前のことに集中しろ」 振り返ってみるとそこには、髭を少し蓄えた体格のいい青年が此方に笑い掛けるように一人立っていた。 晴祥より数年、上に見られた。 「信猛…お前か」 「お前かとはなんだ、晴祥殿の事を案じて様子を見にきてやったのだが」 「他人行儀な言い方は止せ。気味が悪い。で、なんだ、単なる様子見か?」 「とりあえずは…な」 彼、信猛は晴祥の従兄弟であるが、 歳が近い事もあり晴祥の面倒をよく見ていたりして仲の良い兄貴分的な存在である。 その信猛が口篭った直後、和やかな空気をぶち破る雰囲気が漂ってきた。 そして大きな声が表の廊下のほうから聞こえてくる。 「葛城晴祥殿はおられるか?」 「……来たか」 僅かに視線を床に落として 聞こえないフリをした。 それと同時に信猛がその大きな声の主の前に出て言った。 「取次ぎを使わず何の用か?」 「面倒なッ、我らが晴祥殿に会いに来るのにわざわざ取次ぎを使う程のものでもあるまい」 「ならば、わざわざ取次ぎを通す内容の程でもないと言う事だな。晴祥はそなたと違って多忙な身、引き取り願おう」 「ふん。兄君と違って多忙ではありますまい。や、これは失礼。…まぁ、そのうちに兄君を抜かして我ら隼湍(はやせ)衆の力で更に多忙にして差し上げますがな」 大きな声の主は笑って答えているがその眼は微塵も笑っている様子ではない。 「それで、藤園(ふじぞの)殿。斯様な場所にまで来て言い争う事が用事ではありますまい?」 「さすがは晴祥殿は察しのよいことじゃ。まぁ、此度は晴静様より先の戦での褒賞を頂いたのでそのついでにここに寄らせてもらっただけなのじゃが」 「先の…あぁ、あの一件ですか。各国衆ともに頑張ったらしいですな」 「そして一番功績を稼いだのは我が隼湍衆なのだ」 「左様でございましたか」 「そうそう、此度の戦の際も葛葉(くずは)衆は不参加…とか。如何に古くからいる国衆でも同じ国衆として戦を負担せぬのは不愉快に感じますな」 嘲笑し、如何にも自分達の衆だけが大変な思いをしているかのように言いたいのである。
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