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晴祥の顔を見て無邪気に笑う信猛。
その顔をを見ながら、晴祥も怒る気などなれなかった。
「えぇ。左様でございますな」
「毎日毎日、屋敷の中に籠っておっても身体が鈍るだけじゃ。たまにはこうして…」
そう言いかけた時、先に異変に気付いた晴祥が信猛の方を指差して呟く。
「信猛、あ、あれ…」
「うん?どうした?」
晴祥の向けられた指の先に視線を乗せて、ゆっくりと流していくと…。
街道の先に数人の侍とも野武士とも見られる男達が、じっと此方を見据えている。
「な、何だろう?」
「何だか妙な雰囲気よな…」
「余り良い空気でもない様子だが…」
晴祥の言う通り、確かに此方を見詰めるように佇んでいる姿はさながら敵を捕らえた狼のようである。
咄嗟に眼を合わしてはいけないと思った信猛は晴祥のもとに歩みより、囁いた。
「晴祥、眼を合わさず抜けよう。足早にな」
「えっ、通るのか?」
「ここで背を向けてはならん気がする。尤も此処には我らしかいない。奴らはわし等の行き先を阻んでいるようにも思えるし、何もないなら、そのまま抜ければよい」
「な、何かあれば…そのときは?」
「声を掛ける、よいな」
「そんな無茶な」
ただならぬ雰囲気を漂わしたまま、男達はまだ往来の真ん中に立っている。
一つの危険信号が信猛の心を捉えて放さなかった。
「晴祥、お前…先に行け」
「え、えぇ!?先に?」
「怖気づくな、万が一の時はわしが守る」
「…解った」
そう答えたか答えていないかどう答えたのかもう晴祥にはどちらか解らなかった。
今までに感じたことのない冷たく鋭い空気に貫かれないように、一瞬一瞬のどきどきとした鼓動を聞かれまいと、そして何事もなければ良いとも心の奥に思い念じつつ、信猛を背に従え、微動だしない複数の男達の脇を抜けようとする。
そんな晴祥を余所に不穏な雰囲気を漂わせる男達の動向を監視しつつ、一歩一歩と男達の波を進む信猛。
歩く音だけが暫く聞こえた刹那、信猛の声が上がった。
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